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2019.10.18 Fri そのとき

10月も半ばを過ぎたということは、「2019」というこの未来的な響きを持つ一年も既に終盤に差し掛かったということだ。ほんとはまだ2016年ぐらいなんじゃないかな。感覚はそんなもので、時間の速さに置いて行かれて久しい。
ただ、ある感覚は加速して、逆に時間を追い抜いたような気もしている。それはここ一、二年の話。
なんとなく、どこかしら、「そのとき」はまだ来ていないというような気分で生きてはいないか。いつか何かが大きく変わる、決定的な瞬間が訪れる。曇りのない幸せの日々が未来で首を長くして待っている。
今では僕はむしろこんなふうに思っている。僕にとっての「そのとき」は、もう過ぎてしまった。
目を閉じればあの日々が蘇る。それは表面上は決して幸せな日々ではなかった。僕はいつも苦しみ、のたうちまわっていた。だけど今思えばあの日々に、人生の輝きが凝縮されていたように思う。具体的な話は割愛する。
「そのとき」がもう過ぎてしまったからといって、「今ひとたびのみゆき待たなむ」じゃないけれど、輝かしい日々の再来を待ち望んだり、過ぎ去った青春を懐かしむだけの惰性の毎日を送っているわけではなく、気持ちは前向きだ。
ある精神はあの日々に置いて来てしまった気がする。そしてそれは確かに僕の人生においてとても大事なものだったようにも感じる。だけどあの瑞々しい感情とはまた別の不思議な感覚の萌芽を自分の中に感じる。
命は有限だ。だけどある意味では無限だ。意識の世界は自由だ。人生のあらゆる可能性は、本当は今でも開かれている。遅ればせながら希望を産み出したい。僕にとって、そして僕が愛する人たちにとって。そんな心持ちで生きていこうとしている。
感受性は損なわれ続けている。僕はもう十分に大人で、運ばれることではなく熟慮し選ぶことを求められている。

人生の話だ。話題を音楽に替える。
2019年の秋ということは、弾き語りでライブ活動を始めて10年経ったということだ。おめでとう私。
先日実家に帰った際、「パジャマ・アルバム」を見つけた。一人で音楽活動をしようと決めた2009年の春に、MTRで宅録した進藤宏希の最初の音源だ。
バンドがもう出来なくなって途方に暮れた。一人で活動するにも、何をどんなふうにしたらいいんだろう。難しく考えるより当時の僕は、頭の中にある音像を思うように形にしてみたかった。とても真っ直ぐで強い欲求に素直に従って、腰の重い僕らしからぬ瞬発力で創作に取りかかった。限られた楽器と機材と知識。救いようもなく拙い作業だったに違いない。それでも想像力には際限がなかった。それは、僕にとって初めて本当にわがままに自分の創造力に向き合った期間だった。夢のように楽しかったな。
今聴いてみて、やっぱりこれが一番すきかも、とすらちょっと思う。あと音楽的には、この10年で何も進歩してないんだなとも思った(表現力は多少進歩したと思う)
あの秋、「パジャマ・アルバム」を名刺代わりにしながら、26歳の僕はギター一本でライブハウスに立つようになった。
ソロで活動し出して一年半ぐらいで、新しい音源「僕の過不足」を出した。それから「旅立ちのうた」「after all」と出してきて、ある意味でだんだん「パジャマ・アルバム」に戻ってきてるような気がする。
いつか本当に「パジャマ・アルバム」の続きを作りたいと思うし、次の作品はもうその気持ちが表に出てしまうかもしれない。

10年前。あの頃から僕の人生はたくさんの音を放ちながらある意味で急速に壊れていった。壊れたガラクタを身にまとい、傷ついて、そうして僕はやがて醜い本当の自分を知ることになる。思えばそれはまるで産道をもう一度抜けるように苦しい歩みだった。だけど心に突き刺さったいくつかのガラクタは美しかった。
僕は今少しずつ、身にまとったものを脱いでいっている。

具体的な話は割愛する。いつのまにか人生の話に戻ってしまった。
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