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2017.02.12 Sun アヒルの夜 第一話

「良いアヒルが手に入ったから北京ダックしませんか?」
山口からの誘いは唐突だった。
「ぺ、北京ダックて家でできるの?」
「できます」
今夜は予定もなかったので、誘いを受けることにした。
けどアヒルってどうやったら手に入るのん?気になったが聞かなかったのは、誘ってきた山口が獣医師であることを思い出したからだ。聞くのが恐くなった。
恐くても空腹の暇人であるからしっかり呼ばれる。夕方、久方ぶりの外出と、一張羅に着替えて山口の家へ向かった。我が家の真向かいだ。

北京ダックは美味かった。山口は中国に留学していた経験があるから、向こうで覚えたらしい。最近では獣医学の世界でも東洋医学を学んだりするのだ。本場仕込みの北京ダックを堪能し、紹興酒も回った頃に山口は言った。
「来てくれてありがとうございました、森田さん」
「いや、こちらこそ美味いアヒルをご馳走になって。美味かったよ」
ゆっくりと燗の紹興酒を森田の杯に注いで、山口は言った。
「たまにはね、森田さんとサシで飲みたかったんですわ。そりゃ当然お向かいだから、顔はよく合わせるけどね。ゆっくり話すのは十年ぶりでしょう」
「そんなになるかな。山口くんが引っ越して来た頃は何度か飲んだなぁ」
「今は、森田さんは毎日何してらっしゃるんですか?」
「何も。何もしてへん」
山口は黙った。
「あの頃といっしょ。ずっと。なんにもしてへんよ」
森田は筋金入りの無職だ。今年で五十六になるが、最後に働いたのは万国博覧会の頃である。
山口は自分の杯が空になっていることに気づかずにあおって、少し照れたように注ぎなおした。そしてそれを口元に持っていき、飲むのか、飲まへんのかという感じのまま言った。
「三十年ぶりに仕事してみませんか」
山口はそのまま杯をテーブルに置いた。飲まへんのかいと森田が思うのと同時に、山口が白衣のポケットから取り出した札束を「コト…」とテーブルに置いた。置いて立てた。

翌日、森田は駅前通りを歩いていた。
「二百五十万あります」
ゆうべ、森田の目を見ずに山口は言った。いつのまにか葉巻を吹かしている。
「そのうちの百万、頭金として差し上げます。あとは仕事が無事に終わったら、残り九百万。悪い話じゃないでしょう」
森田は受けた。一縷の迷いもなかった。競馬で大穴当てて二億円、三十年でほぼ使い切ってしまってあと七万円しかない。マジで地獄に仏だ。
家に帰って数えたら二百四十八万しかなかったから山口に電話した。森田がガメたのではとのあらぬ嫌疑をかけられ少し険悪になったが、最終的に「払いますから、二万円つけといてください」と山口が折れた。

駅前の美容院「アルマゲドン」に着いた。名前のわりに非常にお洒落な美容院だ。店の中の客達は若く、森田が大昔になくしてしまったキャンパスライフの薫りを皆一様にまとっている。店員もモデルのようにチョッキやシャーツを着こなしている。二十年ぶりだぜ…実はそこは、金使いが今よりもっと荒かった頃に、森田が通っていた美容室があった場所だった。有り金の消耗具合いにおののき、千円バーバーへと鞍替えして早二十年。店こそ替わってはいたが、そこは今でも床屋だったのだ。
森田は深呼吸した。コートの内ポケの札束の感触を確かめ、山口に言われたとおりに美容院「アルマゲドン」のウッディな店内に入店した。
コートを脱ぐことをもちろん勧められたが、もちろん脱がなかった。極度の寒がりなので、暖房上げましょうか、いやこのままでいいです本当にいいですからという不毛なやり取りを経て森田は鏡の前に着席した。
「今日はどんな感じにしましょう」と聞いてきた若い美容師の目を真っ直ぐ見据え、井筒監督っぽい髪型と顔の森田は言った。
「シャギーにしてくれ」
すると若い美容師の目の光が変わった。若い美容師は森田の襟足とかのあたりに鋏を、入れるのか入れへんのかという感じでチャッチャッとやって、すぐにカットを終えた。乱暴に頭を払われた後、急に優しい手つきで森田の肩をゆっくり揉んだ。
「ただ今、くじ引きのキャンペーンを行っております」
若い美容師が持ってきた、「幸運のラッキー!!」と書かれた紙の箱に森田は手を突っ込んだ。ゴトリ、という音が聞こえた。冷たく濡れたような、鋼鉄の黒い手触りがあった。チャカや。

続く
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ヒトリバンケット : URL

#- 2017.02.17 Fri 12:53

続き期待してます

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