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DIARY

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2016.08.23 Tue

自分にとって音楽って何なのか、考えたって仕方ない。そうだろうか?
ロックをやるんだから、楽しくなくちゃいけない。楽しければそれでいいんだ。ほんまにそうやろうか?
おれは考えてしまうし、生きるとは何かと考えるように自分にとっての音楽について考えをめぐらせる。考えることで意味とか、今立っている場所をわかろうとする。そうすることが楽しくなくてもそうしたいと思う。それも一つの自然な営みやと思うし、ロックではないかもしれへんけど、まぁそれがおれやし仕方ない。
ここに書くのもそういう考えを記録するというか、メモみたいな要素が多分にあって、そういう意味では読んでくれる人には申し訳ないけどよろしければお召し上がりください。「記録する」それはおれにとって音楽とは何か、の一つの答えでもある気がする。場面場面で出来事や思いや色々な内面の心を歌や音楽に換えて記録する。後から読み返す自伝みたいなものだったりする。人生ってある意味オペラのようなのかもしれない。

そもそも歌を作り始めたきっかけは自分の中の大きな悲しみというか、めっちゃ辛いことがあってそれを処理できず心が壊れそうやった中二の夏、無理くりそれを癒すような歌をこしらえたところから始まった。混乱していた幾つもの感情を少しずつ歌に換えて、少し落ち着いたら曲を作ることが楽しくて、趣味みたいになった。今思えば心をそれに夢中になった状態に保つことで、辛かったところに戻ることを回避していたような気もする。結局長いこと色んな角度や切り口で、そのことを歌にしていたような気もする。
それからも人生は進んで高校、大学と色んなことがあって、幼稚な僕の心や頭では処理しきれないことが幾つもあって、それでも人生は進んでいって景色が変わってしまうから、なんとか自分も転がして少しでも追いつくために、何かある度にたくさんの曲を作って歩みを進めた。
いつからか自分に曲作りの才能があると思ったし友達からも言われて、なんとなくそんな気になって、どこかしら「いつかはプロに」みたいに思ったりしていた。もちろん今では、プロっていうことの意味の捉え方も、なりたいというかありたい姿も当時とは違ってる。けどあの頃そうなりたいと思ったのは、自分にとって音楽や歌がもはやとても大切なものだったからだと思うし、その根本は今も変わってない。

僕にとって音楽や歌を作る行為は、新しい障害物や不具合や錆で心の車輪が止まってしまいそうになったときに差してやる潤滑油のようなものだったように思う。あるいは理解できない物事をとりあえず畳んでしまうための遠回りな定義の作業であるように思う。
ではなぜそれを人前で演奏するようになったのか。曲ができたら、ひとに聴いてもらうものだ、という軽快な真理みたいなものもあると思う。良い曲やから、がんばって、売れてな、みたいなささやかな後押しもあったと思う。でも一番根底にあったのは、作品に対する責任感やと思う。作る者の責任として、できたものをシェアする、人に受け取ってもらわなくてはならないと感じていたのだと思う、堅苦しく言うと。いや、10代の頃なんかは「めっちゃ良い曲できたからみんなに聴いてほしい!」ぐらいにしか思ってなかったけど、深読み過ぎかもしれんけど、こういう心根から来た気持ちやったと思う。これも一つの顕示欲やろうか?モテたいとか、あったけど、あるけど、曲でモテるとは思ってないしむしろ引かれるリスクの方がでかい。。まぁそれとこれとは別でもいいや、根底にあるのは確かに作品に対する責任感であると思う。(特定の誰かに気持ちをわかってほしい、といううら悲しい動機もあったりするけど、それはまぁ置いといて。)
人に曲を提供するのではなく自分で歌わなくてはならない理由は、それが一番手っ取り早いことと、作品としてそれが一番良いというか、自分の歌を歌う人の歌が好きだからだ。
ライブで一曲一曲を聴いてもらうという意識だけでなくライブ全体の流れとかを意識するのは、ライブ全体のクオリティを上げることが歌い手としての僕の価値を高めて長い目でみると一曲一曲の周知に繋がると思うからだ。それでも一曲が霞むような構成にはしたくない。
蛇足かもしれんけどもう一つ言うと、おれはライブでやる曲はコロコロ変わるし、だいたい新曲を中心にやってる。「あの曲やらなきゃ」と言われることもある。それはありがたいし、クソ喰らえとまでは思わないけど、やらなきゃと言われてもやらない。自分自身やりたいか、聴きたいと言われなきゃやらない。ほっといてもそのうちやるよ。ライブは、今の自分を生で見せるものと思ってる。例えまだまだ完成度が高くなくても、それで価値があると思ってもらえないと、と思ってる。そうなってないとしたら、私の不徳の致すところであります。アーティストであることを捨てる気はないので、精進しかない。
蛇足から話を戻す。曲を作るのは自分の精神を前に進めるためであって、大げさに言うと生きるためであって、それを人前で歌うのは作り手としての使命と思ってやってる。使命を果たすための方法が、一番悩ましいところだ。

使命を果たすための方法として、ライブが有効だという手応えは最近とみに薄くて、このままではジリ貧だ、正直そんなふうに感じてもいる。だからたくさんライブをやりたいという気が今は少し失せてる。色んな意味で才能が足りないせいだろう。僕に魅力が足りないせいだ。ライブも上手くやれてないせいだ。プロモーションが下手過ぎる、と言われることもある。でも曲が良くないとは絶対に認めない。自分の信じるもの、または自分の人生に去来した感情たちが、ほとんど唯一の僕のプライドなのだと思う。曲を良いと自分で思えなかったら辞めてるかもしれない。

これからも、やることは変わらない。日々の中で音楽を生み出して、どうにかして演奏をして披露していく。ライブに臨む姿勢も、ライブでやることも、変わらない。頻度が減ったとしても、ライブをやめることも今のところしないつもりだ。続けることでのみ得られるものが、何十年か先に見えるかもしれないから。牛歩でも、螺旋階段を登るように表現者として高みに行きたい。
もっとたくさんの人に聴いてもらうためにはどうしたらいいか。戦略を持ってアイデアを積み上げて、実行していかないといけない。そういうこと考えるの嫌いじゃないねんけどなぁ。自分のこととなるとどうしても、プロデュースとかよりも創作そのものへの興味ばかりを先に走らせて、それ以外をおざなりにしてしまう。自分自身を商品として見る感覚が欠けてるんやろうな。誰か脳たりんの僕に知恵を貸してください。。情けない僕に手を貸して欲しいとほんとに思う。でも厄介なことに自分のやりたいようにやりたいタイプでもあるから、相談しながらで。。
その前に、信頼する人から提案してもらったことやアドバイスされたことなんかも実行出来てなかったりするから、まずは甘えずにやる、自分自身で最低限動くところからやな。。

たくさんの人に聴いてもらいたいというのと、バッハみたいに後世で作品が見直されて評価されて歌い継がれる、みたいな可能性を残すために、僕の曲を色んな人に歌ってほしいなと最近思った。気に入ったら歌い続けてほしい。自分の曲は自分で歌うのが素敵やと思ってきたけど、優先順位考えるとそうも言ってられんし、スタンダードとかクラシックという考え方も好きや。どなたでも、歌ってやってくださいね。コードや歌詞でわからないところがあれば、可能な範囲でお教えしますし。

話がとっ散らかったけど、書くことでだいぶスッキリしたというか、頭の中は整理された気がする。繰り返しになるけど、僕にとっての音楽とは、まず曲を作ること。それは呼吸の延長のように生きるためになくてはならず、僕という不完全な乗り物で人生をドライブするための日々のメンテナンスのような、欠かせない作業であるということ。
そしてそれを披露していくのは、作り手としての使命という意味でのライフワークであるということ。このライフワークのやり方が頭を使うところで、僕が一番足りてないと思われるところで、頑張りたいところ。

整理しなくてはならなかったのは、音楽活動に精力を注ぐことに、理由や意味が必要になったからだろう。それは嬉しくも悲しくもないただの事実。感性が鈍ったわけでもない。長い目で見ると、そういう周期なんだと思う。惑星と同じでしょう。また次の季節もきっと巡る。

長文読んでくれた物好きな方、お疲れさまでした。ありがとうございました。しつこかったやろ…
あと最近ちょっと赤裸々過ぎるかな? ひょっとして、引いてる!?キモい!?むしろ興味ない!?

うるさい!
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