DIARY

Home > 未分類 >

2016.08.05 Fri

コートパインこと村木雄一の名曲、幾つかすごい好きなのあるんやけど、「淀みを愛する」が今聴きたい。あと「アドバイス」とか、懐かしの「深海魚」とか「サンデイ」とか。そのうちまた聴かせてほしいですね。


一昨日、梅田ハードレインで歌った。反省もあるにはあるけどそれはわかってて敢えてそうした結果でもあって、ライブの内容に対しては、動じない。僕なりに良いライブをしたと思ってる。底作るっていうか、抜けるぐらい深いライブしたれと思ってて、一人よがりと思わせる隙もないつもりやった。実際は正真正銘一人よがりやとしても。
毛利幸隆さんの歌素晴らしかった。聴いていて、見ていて気分が良くなった。変な言い方やけど、価値があると思った。お金を払って観に来る価値。はっきりそれがわかるのは稀有なこと。僕の場合たぶんまだまだ「ある意味」とか付いてしまうだろう。
久しぶりのオガサワラさんはまた新境地に行ってた。すごく良い夜やったと思う。


ある日のこと、ライブの日。その日おれの音楽を聴くためにライブハウスに足を運んでくれたお客さんは居なくって、簡単に言えば集客ゼロやった。そしておれは生活費から捻出したお金で少なくないノルマを払った。
ノルマがどうこうという話ではない。いつも集客ゼロというわけでもないし、よく聴きに来てくれる人もいる。でも実際いつも集客に悩んでいる。きっとみんなそうだろう。それで食ってる人は尚更やし、売れてる人でも余計にそうやろうとも思う。
その日はツアーで歌いに来る人がいるということで、その人と対バンしたいというか、会ってみたかった。だから自分の集客力とノルマの条件のバランスにリスクを感じながらも、自分なりのリターンを信じてオファーを受けた。たとえノルマがなかったとしても、仕事の都合をつけたり、家族の理解を得たり、交通費をかけてライブハウスへ赴き、それなりの熱量とアルコールを消費することは大いなるコストである。それでも、ましてやノルマを課されてまで出演したいと思ったから受けた日だ、結果的にお客さんが少なかったり、最悪ゼロでも悔いはない。というふうに最近割り切れない自分もいる。

集客の上手さや努力が圧倒的に足りてないことを棚に上げて言うけど(「みんな死ぬ思いで努力して、色んなこと犠牲にしながらプロモーションやら集客がんばってるんや、そんなこともせずに泣き言言う資格はない!音楽やめろ!」と怒る人もいるやろう。そんなことはわかっとる)、お客さんがいないときに感じる割り切れなさの理由は、淋しさを感じることにあるんやと思う(は!?淋しさ!?よくもまぁポンポンと出たな甘っちょろいワードが!と思う人もいるやろう。そんなことはわかっとる。おれは甘っちょろいんじゃ)。これはある程度売れてる人が集客に悩むのと全く次元の違う話で、もっともっとレベルの低い正直最底辺の話で、自分の音楽は、自分以外の誰からも、誰ひとりからも(少なくとも今日は)必要とされてないと思い知ることで、やっぱり淋しいと感じてしまってる。良い音楽をやってるつもりでいる。それでも事実、ライブ活動する歌い手として、最底辺にいる。おれは何をしてるんや、家で歌ってたらいいやん、という気にもなる。
仕方ないとは思う。お金払って時間使って何かを犠牲にして聴きに行くには僕の歌う歌はあまりに個人的に過ぎて、受け取りがたいものなのかもしれない。僕の音楽を気にかけてくれる稀有な人がいたとしても、ライブハウスまで行くのは少しハードルが高い。実際僕自身、色んな理由で、行きたいと思ったライブのほとんどに行けてないし、平日のましてや出番一番とか、よっぽど観には行けない。それはわかってる。
それでも根がネガティブな僕は、こんな音楽誰にも求められてないんやとか、どこか悲嘆に酔ってみようとしたりもして、それもアホらしいし、変にイヤになったりもする。「そんな日もある」それで済む話やし、そうやって済ませてきたけど、きっと今は少し気分が違うんやな。今書いてることは全て迷走しているおっさんの世迷言かもしれない。世迷言であってほしいとも思う。

あと、例えばツイッターでいついつこんなライブやります!って呟いたり、色々不特定多数に向けて告知するやん。だからこの人はもう、たぶんこの日のライブのこと知ってるはずやから、あえてメールでプッシュするのもどうか、とか正直思ってしまう。それでも自分なりにクソみたいな小心を殴りつけて何人かの人に気持ち込めてメールする。知ってても、来てほしいって気持ちが伝わったら動くものがあるのは、告知受ける側としての経験から知ってるから。それでも、行けないときもある。断るのもつらいやん。だから断らせるのも申し訳ないと思って誘うのも躊躇われることすらある。
この人は絶対、この日のライブのこと知ってて、行くか行かないか自分で決めはると確信してたら逆に連絡しない、とかもある。どれもこれも、情けない。興行を成功させる精神からいうと怒られることやと思う。

正直こういった諸々から解き放たれたい思いが強い。出口がないように思われる。きっとおれは誰かのせいにしようとしてる。そしてそれは間違いなく妄想なのだから、それで上手くいくはずがない。だからやり方を変えたい。いつでもドアを開けておいて、いつでも聴きに行ける存在でありたいけど、開けとくドアを変える時なのだ。自問自答に付き合わせてすみません。
愛情かけて育ててくれてる人、場所に恩返ししたいし、いつもより良い関係築きたい。そのためにも歩き続けないと。自分の足のサイズに合った靴で、歩幅に合った歩みで、着実に。いつか風向きが変われば走れるかもしれない。

本当は、呼んでもらえた日をあらゆる意味で成功させたいのにできないことが悔しくて、いくら良いライブしても申し訳なくて、それが一番辛い。だから、呼んでもらえた日は必ず最高の日にできるように、ちゃんと自分が貢献できる日を見極めて受けないかんなとか、そういうシンプルな話かもしれん。
隔月ツーマンは絶対成功させ続けるぞ!!告知もメールも電話もピンポンもする。覚悟しとけおれ。そして友達たち。泣き言おわり

しかしライブ始めて何年も経つのに、今更何言うてるんやおれは…
スポンサーサイト

Comments

name
comment
comment form
(編集・削除用) :
管理者にだけ表示を許可