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DIARY

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2019.03.25 Mon after all全曲語り(16) 月光讃歌

十六曲目は「月光讃歌」です。
この曲で最後。新アルバム「after all」全曲語り、始めた日が遠い昔のように思われます。十六日前やから、確かに半月以上は前なんですね。

さて月光讃歌。出来た日は2013年7月22日です。
語り過ぎたらいけないと思うのだけど、少しだけ。

私を見て、私を見てと、月は言わないだろう。むしろ岩と砂の塊である自分が、太陽の光を反射して美しく光り輝いていることなど知る由もない、想像すらしていないだろう。
月は己の光を知らないから美しいのだ。
謙虚になれ。多くを求めるな。他人ではなく自分に求めよ。

アピールばかりの現代社会に疲れた。
月の光を浴びたら素直になった。
わかってくれない人を責めるのはよそう。きりがないし甲斐がない。
わかって欲しがり過ぎるのはやめよう。底が知れる。
ただ一燈に頼んで真っ直ぐに歩もう。外側ばかりでは空虚だ。内側を豊かにしよう。

そういうことを思っていた。主に自分に。そして目に余った人に。
そういう気持ちがこぼれてしまったのがこの曲だと思う。もちろん、作ったときはそんなことをメッセージとして意識していたわけではない。ただメロディと共にこぼれ落ちる言葉を繋ぎとめただけだ。

当時、人ばかりにでなく、自然や精霊に捧げる歌をもっとたくさん歌いたいという気持ちになっていたことも、この曲の色調に影響を与えたと思う。
穏やかな曲調に反して、字にして詞を読むと意外なほど厳しい。
今の気分は当時とは違っているけれど、月がクッションになり今でも歌える。というか、月が支点になって振り子のように当時に戻るものがある。
思えば月とはそういう存在だ。立ち止まって仰ぎ見たとき、子どもの頃と今とで、月と僕の関係性は変わらない。

色々書いたけれど、聴いてみればわかるとおり、小さな歌です。小さな歌でアルバムを終えたかった。
通り一遍ではない多彩なテーマの曲を盛り込んだつもりのアルバムだけど、その中でもこの曲だけ、決定的に向いている方向が違うように聴こえるかもしれない。一人称の存在感が、アルバムの中で特異な感じがする。
だけど自分の中では繋がっている。繋がっている景色とモチーフがある。
このアルバムは僕のプロフィールみたいなものだ。月の夜にぽつんと座って歌っている。そんな姿が最後必要だったのだ。

- - - - - - - -
【月光讃歌】

求めるな ただ与えよ
そしてけして驕るな

磨くのだ 一心に無心に
己が心を磨くのだ

月を見ろ あれはたぶん
己が光を知らぬのだ

月を見ろ 月になれ
己が光は見えぬのだ
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2019.03.24 Sun after all全曲(15) 雨がやんだら

十五曲目は「雨がやんだら」です。

出来た日は2015年の8月4日。
子どもが産まれて、それでもまだ大人になれない自分に苛立ち、息が詰まって、外の空気を吸いに出た夏の夕方。ドアを開けたら虹が待っていた。

大好きだった祖母は、亡くなる直前の夕方、空に大きな虹をつくった。
祖母は一言で言うと、「強い人」だった。戦後、満州から娘たちの手を引いて命懸けで帰国し、混乱の中を生き抜いた。
生前祖母は、いっとう可愛がっていた僕の妹にいつかこんなことを言った。
「強くならなきゃだめよ。強い者が勝つんだから、人生は」

強さって何だろう。僕にはずっとわからなかった。だけど本当の優しさは強さの先にしかないということは、なんとなくわかってきた。そして強さの始まりは弱さを認めることだと。

もう、逃げるわけにはいかないから。地に足つけてしっかり歩くから。
ばあちゃんに会いたいと、せめてどこかから見ていてほしい。
踏み出すことの悲しみが胸をとらえても、新しい自分から目を背けずに、ちゃんと歩くから。

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【雨がやんだら】

僕が歩くのは 茨の道でも高い山でもなくて
どちらかと言えばとても平坦な道だ

それでも時々 立ち止まる弱さ
悟ったふりをするな 汗に濡れた今を見ろ
宇宙に逃げるな

夢を持ち替える日々
夏の恋のように
楽しくなるほどすぐ 淋しさに変わる僕らの日々


頬に貼りつけたまま 街灯のオレンジ
忘れられた記憶を手探る世界のどこかで
あなたが生きてるような気がして

雨はやんだかい 虹は見えたかい
こちらはまだ遠い夕立の中

名前はつけてあげられないけど
一歩ずつ零れた涙も僕だった

2019.03.23 Sat after all全曲語り(14) 正しい生活

十四曲目は「正しい生活」です。

出来た日は2011年の12月31日。
この曲のことも、あんまり語りたくないな。気恥ずかしさとまだ隠しきれない心の痛みと、裏っ返したプライドが邪魔する。
「それで何が悪い」と啖呵を切ろうという姿も透けて見えて、大人げないな、と今は思ったりもする。

悔しくて、何も考えずに吐き出すように作った歌だ。だけど「僕は今日も歌ってる 食うためじゃなく生きるために」という歌詞はこれ以上なくシンプルに自分の生き方を言い表している。そしてそのことを歌った曲は、これがあるから他は作っておらず、なので今でも歌ってる。

なんとなく誰かに、何かに憚られて、大きな声では歌えない。だけど僕はこの歌をこっそり大事に歌い継いできた。だんだん輪郭がはっきりしてきて、リアルになってきた感覚がある。
たまに共感してくれる人がいて嬉しい。簡単な曲なので、どうせなら、出来れば、よければカバーしてくださいな。

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【正しい生活】

規則正しい生活がしたいと
彼女は言う

お祭りなんかは年に一、二回でいいのと
彼女は言う

僕は今日も 沈んでく太陽に おはようさん


音楽では飯を食っていけないと
あの人は言う

音楽では生計は立てられないと
僕も思う

僕は今日も歌ってる
食うためじゃなく生きるために

2019.03.22 Fri after all全曲語り(13) 普通の暮らし

十三曲目は「普通の暮らし」です。

出来た日は2013年4月13日。朝5時半頃、淡路島を中心に大きな地震があった。大阪梅田のマンションで、半年後に妻になる人と一緒に寝ていた僕は、大きな揺れで目を覚ました。
阪神大震災で暮らしが変わり、東日本大震災を目の当たりした、地震にめっぽう敏感な僕らだ。当たり前に続くわけじゃない生活や幸せのことを思った。
余震に警戒しながら、また眠りにつく。その夢の中ではっきりと、鼓膜に響くぐらい明瞭に歌が流れていた。途中から僕は目を開けていたように思う。そっとベッドを抜け出して、朝の光の中で夢から流れてきた歌を記録した。

「大阪城のジオラマを並べて 十個並べてそこに住まうんだ」
僕にだって意味はわからない。でもそのままにした。夢で聞こえた歌詞を一言一句、ほとんど全く変えていない。きっと自分で測れない意味があるんだろうと思って。
途中からは、わからない。夢の残り香の中で糸を手繰るように、祈りに似た気持ちで言葉を紡いだようにも思う。
普通の暮らしを送りたいのだ。愛する人と、生活を繋いでいきたいのだ。
僕はまたベッドに戻って、彼女にしがみついて目を瞑った。

僕らの暮らしを変えてしまうのは、もちろん地震だけではない。自分自身この歌が一番迫ってきたのは、父が心筋梗塞で死にかけたときだった(有難いことに回復した)
移ろいゆくものを目の当たりにしたときだけではなく、いつも今の特別さ、かけがえのなさを感じながら大事に生きていければいい。「普通」っていうその都合のいい概念は何よ、ということも含めて。

この曲にはいくつか思い出があって、ライブで初めて聴いてくれたpara-diceの安井さんが「なんか泣きそうになった」って言ってくれたこと、前のアルバム「旅立ちのうた」のレコ発のときに、ジャカランタンの瀧井さんがゲストボーカルでこの歌歌って、ハーモニカ吹いてくれたこと。幸せな曲です。
大事にしていく。

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【普通の暮らし】

大阪城のジオラマを並べて
十個並べて そこに住まうんだ

大阪城を手放した後は
あなたの部屋で 普通の暮らしを

普通のマンション 普通のバス停
普通の暮らし 普通の商店街

公園置いた 農園を作った
足りないものはあなたと相談するんだ

ひとつずつ編んでゆく
壊れない生活を
虚ろな朝の光 眩しい顔をしてる


僕等は瓦礫の下から芽吹いた
かわいい希望のようなつもりで

普通の暮らし ジオラマの街角
普通の愛の意味をあなたと紡ぐんだ

音を立てドアが開く
またとない生活を
哀しみは胸の奥 はぐらかしては向き合って

少しずつ伸びてゆく
影法師 手を繋ぐ
言葉もない朝の光
いつか見た景色のよう

2019.03.21 Thu after all全曲語り(12) 箕面

十二曲目は「箕面」です。

この曲については、まだ何も語れそうにないです。まだていうか、多分ずっと。
出来た日は2012年11月30日。

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【箕面】

あぁ あの子が今日も
元気で うまいもん食って 笑ってたらいいな

たまには意味のないことを唄いたい
ツウカアなあの子にすら意味不明な

よく晴れた日の夜 石橋駅のホームで
僕の人生なら 終わったのさ

2019.03.20 Wed after all全曲語り(11) 10月7日

十一曲目は「10月7日」です。

出来た日は2012年10月7日。三連休の中日だった気がする。あの頃の僕はひどく混乱していた。大阪梅田、中崎町の自宅を穴ぐらと呼んで、いつもうなだれていた。ベランダに出るとすぐそこのチャペルから歌声が聞こえた。
淳久堂に行って詩集を買った。谷川俊太郎の「はだか」と、辻征夫の「かぜのひきかた」。

本当に正直に言うと、当時、死にたいって気持ちを隠し持ってた。夜道を歩いているとき、暗い路地から突然出てきた誰かが僕の命を持ってったらいいと。決定的な終わりが来る前に、もう終わってしまったらいいと。
優先すべきものがわからずすべてに手を伸ばしたから、間違えて毒薬を掴んでも仕方ない、という投げやりな気持ちがあった。一方で愛情や希望に対する執着も根深くて、僕はその矛盾による混乱の中で激しく自己嫌悪していた。
若さに溺れかけてたんやと思う。

誰も彼もが自分に近づきそして離れていくような気がしていた秋の日。黒い黒い僕を突き放すかのように、現実離れした穏やかな陽気が街を包んでいた。
今日はさみしいです、と呟いたら涙が出てしまった。そんな日だった。

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【10月7日】

秋になったこと認めるため
僕は初めて詩集を買った

ベランダで吸う煙草の
落下する灰になって賛美歌を乞う

今日は君と話せるかなぁ
これ以上 腐ってしまわぬように

2019.03.19 Tue after all全曲語り⑩ 空の

十曲目は「空の」です。

出来た日は2013年9月12日。大阪から山科に引越した直後やな。

はっきり言うと、死んでしまった名前も顔も知らない学生のことを思って作った曲。あとは自分のこと、何の助けにもなってやれなかった友達のこと(友達と書いてしまう僕は卑怯だ)、ひたむきで残酷な美しい世界のこと。

死んだらどうなるんだろう。
ひょっとしたらこの宇宙は何かとてつもなく大きなもののお腹の中にあって、死ぬことは、そこから外の世界へ産まれて行くことなんじゃないかな。
いつか外の世界で、僕らはまた出逢うんじゃないかな。
そんなふうに思って作った曲です。

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【空の】

ゲシュタルト崩壊した 太陽の落下軌道
ほどけたら辺りは 音の無い海になった

誰かが呪った朝にも
その光を嗅いだ
缶コーヒー

そのまま君 やっぱ182のバスで
この町を置いてった 空洞を置いてった

僕らは汗を拭いて
無垢な泪の再来を

宇宙の胎内を抜け出して君は
今も元気でやってるか

思い出すのは秋の気配と
夏を嫌った生命体

プラットフォームで立ち尽くす魂
いつか笑顔で再会を

空の 空の 繰り返す空の
どこかで 永い抱擁を

2019.03.19 Tue after all全曲語り⑨ 4月19日

九曲目は「4月19日」です。

出来た日はノートに書いてないけどわかる。2014年の4月19日かその翌日かだ。甥っ子が産まれてその顔を見に行った。

甥っ子は知らない。彼が産まれて伯父さんはこんなに嬉しかったことを。

ちなみに今4歳、もうすぐ5歳の甥っ子は、母親(僕の妹)の悪影響で僕を「こうき」と呼び捨てにする。

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【4月19日】

いつしか さわり合えたつもりの
僕等の永遠にも

春のように終わりが来て
長雨に濡れる石に戻る

白い花 曇天の下咲いた
なんて美しいんだ

星の寿命も気になったりしてる
揺るぎない雑念の一つを愛でるように

2019.03.17 Sun after all全曲語り⑧ かわいい

八曲目は「かわいい」です。

出来た日は2015年12月25日とあります。クリスマスやったんかー。

あれからとても好きな曲だな。本当のことしか歌っていない。

神戸の夜。古いマンションを囲むように大きな欅が三本立っていて、冬には大量の落ち葉が舞う。
なんでも「かわいい」でいいんじゃないかな。
まるで女子高生みたいに、そんなふうに思った。

子どもが産まれたから出来た曲でしょ、とよく言われるけど、実際確かにそうだ。でもそれだけじゃない曲。誰にも届かない落し物のような情景を掬うための曲だ。結局最後にしゃしゃり出てしまう、苦笑するしかない自分らしさまで認めてしまう曲だ。

あと横井さんとこで買ったクラシックギターがなかったら出来なかった曲だと思う。言葉にならないことは間奏で歌った。

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【かわいい】

かわいい かわいい お月様
落葉と影のダンスを見てる

あの子に会えない三年半
仲良くなった階段やドア

都会の隅の水槽に住む 魚の気持ちは知らない
野原に倒れる人間の 心の穏やかさも


かわいい かわいい 君にそっと
差し出すべきは右手か左か

イメージ湧かない 先のこと
何があっても守るから


街灯が燈る瞬間に会うため遠回りをしてた
誰も知らない君や僕も どこかへ向かうように


かわいい かわいい お嬢さん
三十路を過ぎ何年も経って

いまだにかわいい君がいて
それだけで今日 死んでしまいたい

2019.03.16 Sat after all全曲語り⑦ 最高にしあわせ

七曲目は「最高にしあわせ」です。

この曲も山科時代に出来た。出来た日は「2014年の最初。1月4日ぐらい」とある。

難解な比喩も捻りもない、ストーリーの表層だけで語った歌詞というのは、僕にとってはこれまでほとんどなかったことで、ある意味革命的だった。角度や階層を変えずに一定の視点から詞を書くのは難しかったけれど、今思えば、ひょっとしたら難しかったのはこの情景を精緻に描き出すことそのものだったかもしれない。この情景が僕の中で色褪せてしまう前に描き残したいと、それだけで必死だったから、心象を忠実になぞること以外は考える余裕がなかったし、それに何より、角度や階層を変える「余裕」によって損なわれてしまうものが、この曲の持つ世界にとって一番大事なものだとわかっていたのだと思う。

そういうわけで、拙い歌詞だ。でもこの曲を吐き出せたとき、とても嬉しかった。色褪せて形を変えてゆくはずのものを、自分の中に残せたから。
明るい曲調とリフも気に入って、暫くもう新曲はいらないと思ったぐらいだった。
だけど悲しいかな、この曲のこと好き!っていうご意見はあまり聞かない(何人かには、好きって言ってもらえた)
好きになってもらいたいです。

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【最高にしあわせ】

左胸が昼間からずっと 疼くもんだから
それはもう まるで誰かに命令されるみたいで
たまらず家を抜け出した

僕きっと病気なんだ もう長くはないから
今すぐにと 君の近くに

息きらして僕 坂上って
君 電話には出たけど 真夜中になっていたから
外には出られないって

でも窓開けてくれて
遠く 僕 影になって
大きく傘回して ポーズした

そのとき僕もう今死んでもいいってぐらい
最高にしあわせだった

心の中で何度もプロポーズしたんだ
さよなら

2019.03.15 Fri after all全曲語り⑥ 歩く人

六曲目は「歩く人」です。

出来たのは「2015年1月18日?」とある。まだ京都、山科に住んでいた頃です。春が来れば神戸に引越す、という頃。
確かピアノで作ったんやなかったかな。電子ピアノで弾いてたコードとメロディに、歌詞つけて歌にした曲。最初はピアノで弾き語ろうかと思ってたけど(上手く出来もせんのに。)、とりあえずギターでやり出してそのままギター弾き語りでやってた。

歌詞は、友達から借りて読んだ業田良家のマンガ「自虐の詩」にめちゃくちゃ感動して、その影響を多分に受けたのと、マンガ貸してくれた友達を始め、その他何人かの人に僕の頭の中で働いてもらって作った。

歌詞のノートには、端っこに
「お腹が大きくなって
立っていたら、自分の足が
見えなくなっていることに
鏡を見て気づいた。
と同時に、
他人に振り回されてきたように
思っていたけれど、結局自分で
選んで、この足で歩いてきた
のだと気づいた」
という気持ち悪い走り書きのメモが残されている…。

曲調はちょっとノスタルジックでコミカルでクラシカルな感じ…ほっこりしつつちょっとこわい感じ…
説明しようとするとthe陳腐of陳腐sになるけど、わりと他にない感じです。
ふざけた雰囲気やけど、生きる人の強さに対する尊敬と感動が根底にあるので、自分の中ではいたいけな曲。

妊婦がモチーフみたいになってるけど、たまたま頭の中に現れた架空のヒロインが妊婦だっただけで、主題としては子ども産む産まないに関わらず自分の足で歩く人の強さに美しさを見たというところにある。

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【歩く人】

まんまとあいつの思いどおり
タダ働きも厭わない

脱走した猫の代わりになって
僕が居ついてもいいんだぜ

それは初耳 信じられない
シューアイス並のノスタルジー

やるべき事を当たり前にやれたのならば
それで全てがうまくいくのかな?

割れた鏡

まんまとあいつの思いどおり
後ろ姿で語る奴

失踪したママの面影そっと
しまって彼女も母になる

歩く人

2019.03.14 Thu after all全曲語り⑤ a tiny secret

五曲目は「a tiny secret」です。

五曲目、実は昨日書いたんやけど、寝ぼけてたんか間違って全消ししてしまったことが判り、震えながらこの文章を書いています。

同じ文章は二度と書けねえ。
でもやるんだ。やるんだよ、それでも。
力を貸してくれ、誰か。
誰か!!

この曲はインストです。ちょっとした曲、かわいい曲、ブロッコリーみたいな曲です。曲名も録音してからつけたので、タイトルだけで「あぁ、あの曲ね」と思える人がいたらビール奢ります。

この曲はインストなんで、歌詞ノートがないからいつ作ったか不明。ライブ中、曲と曲の間、自分で自分に勢いつけるためにギターをアドリブで弾いたりするのを時々やるけど、その中で出てきたフレーズを引き伸ばした曲です。

まともにメロディもなく、手癖で繋げたメジャーなスケールの羅列に過ぎないけど、「星に似ている」でも使った代理和声で進行することが特徴といえば特徴になっている。ていうかそのコード進行を味わうためだけの曲という方が正しい気がする。その展開の面白さにもたれただけの、小さなフレーズ集のような曲だ。
録音ではギターといくつかの音の鳴るオモチャを重ねて楽しかった。

エンジニアのオギー曰く、ちょっとジブリっぽいとのこと。僕的にはそうか?と思ってます。
たぶん、真っ黒黒助がカサカサ動いてる感じの音を入れてしまったからやと思います。

アカンやっぱり勢いがないわ文章に!!

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【a tiny secret】

Instrumental

2019.03.13 Wed after all全曲語り④ アンテナの歌

四曲目は「アンテナの歌」です。

濃い!ここまで書いてきて改めて、このアルバムめっちゃ濃いです。いや、思い出がいっぱいとかそういうことじゃなくて、曲としてとても濃いです。でも色んな曲調や要素を散りばめたので、飽かず胃もたれもすることなく聴いてもらえると思います。

自画自賛タイムすみませんでした。

この「アンテナの歌」という曲はそんなアルバムの中でも特に異彩を放つ、一風変わった曲になってると思います。
曲の持つ世界観も、その成り立ちも。曲の内容は聴いてのお楽しみやけど、その成り立ちについて少し書きたいと思います。

2015年10月20日、会社からの帰り道を歩きながら僕はふと気づきました。
「おれにはもう歌いたいことがない」
それまでずっと僕の歌は、度々行き詰まってしまう人生で、痛みに目を瞑りながら歩みを進める自分を慰めたり支えたりするためにありました。なのでそれまでの僕の曲には本当の意味での遊びというか心のゆとりみたいなものがなく、いつもどこか切実さが漂っていたと思います。
その日、一旦歌いたいことがなくなった僕は「これでようやく、自由に音楽を楽しめる」と喜んだのでした。そんな夕暮れの歩道、小躍りしながら今こそ意味のない歌を作ろうと、最初に目についたものを適当に歌ったのがこの歌でした。当時のブログに、そのとき思っていたことが綴られていますので、ご参考まで。
http://azukiirogakudan.blog35.fc2.com/blog-entry-368.html?sp

結果的にこの曲は後から後から追いついて来た意味が次々と上塗りされていくような、これまでにない感覚を僕にもたらしました。
曲が出来た二、三週間後に人生初の全身麻酔での手術を受けました。痛みと熱と、生との関係を思う中で、自分がやりたいことって実は自分の中を底へ底へと掘って潜って行って探すというよりは、案外ポロっと降ってきたものを拾い取る、キャッチするということが本当なんじゃないかという考えが頭の中で突然、すごくクリアに浮かび上がりました。アンテナとは、そのことなんじゃないか。
それは長らく僕が個人的に抱えてきた悩みに対する答えの入口のような気がしました。歌が自分の先を行っている感覚は別に珍しいことじゃないけれど、その時の感覚はまるで啓示のようで、忘れられないものになりました。
ただ曲としては実際結構ふざけた内容です。

ちなみに幸か不幸か、歌いたいことはその後すぐに湧いてきて、今は当時の境地からは幾分離れた状態にあります。だけどこの曲を通じて僕の中に生じた軽やかさみたいなものは、その後も僕の支えの一つになっている気がします。
曲の意味は聴いた人それぞれに解釈してもらえたらと思います。どの曲もそうやけど。

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【アンテナの歌】

君はもう何も受信してない
欅の大木に隠された 古いマンションの屋上で

今はただ星の遠さと微かな引力に
背が伸びたみたいな気がしてくるから不思議だ

不思議な アンテナの歌 アンテナの歌 アンテナの歌


僕はもう何も期待してない
砂漠の地下水脈の存在も教えるつもりはない

匂いには勝てないからと 匂うような歌を歌う歌うたい
これがその不思議なアンテナ アンテナ

アンテナの歌 アンテナの歌 アンテナの歌 アンテナの歌

2019.03.12 Tue after all全曲語り③ 星に似ている

三曲目は「星に似ている」です。

一つの星をずっと見つめていると、だんだん親密な気分が出来上がってくる。星空の中から何か訴えてくるような光を探して、だいたいが敢えて六等星ぐらいの目立たない星で、それを長いこと見つめながら「あれはおれだ」と心の中で呟くという遊びを昔からやっている。
この曲が出来たのは2014年の夏〜秋頃で、これも京都は山科に住んでいた頃のことだ。おれは住んでいたハイツ一階の一畳ほどの砂利敷きの庭から天窓のような夜空を見上げて、またも誰かと星空で繋がってるような妄想にとらわれて苦悶していたのだ。ASKAが捕まったこともあった。
思えば当時は自己嫌悪の塊のようだった自分をまだ随分と引きずっていた。

出来た曲はあまりにも女々しい内容だったので、人に聴いてもらう自信が持てず長いことお蔵にしていた。家でだけ、時々歌っていたら、妻がその曲は良いというので、信じられないと思いながら試しに一度ライブで歌ってみたら、聴いてくれた人が良いと言ってくれて、それから少しずつ歌い継いで、自分の中でこの曲に対する信頼が確たるものへと変わっていった。本当に、ウケそうにないと思っていたのに、自分の自虐めいた感覚なんて取るに足らないものなんですね。

曲としては、ポップスではあまり聞かない長三度循環、コルトレーン・チェンジズと呼ばれるコード進行をふんだんに入れている。これが違和感の先に馴染んでいるように思えて、長いことやりたかったことの一つだったから自分としては少し達成感があった。
音源も最高なので楽しみにしていてください。

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【星に似ている】

また会えますようにと
星に願って繋ぐ日々

こんなおれでも 星を見て
少し星に似ている

風が気持ちいいな 流転の友達
二日目の火照りを冷ます 水音に耳を澄ます

また会えますようにと
星に願って繋ぐ日々

こんなおれでも 星を見て
少し星に似ている

ドラマになりはしない 語るに値しない
意味を持たせられない 目的地を知らない

また会えますように と
柄にもなく生き延びて

距離を知らない いつも君を見て
やがて星になっている

純度の高い孤独を
静脈に打ち込んで

青く輝きだした 涙乾く速さ
すれ違う空模様

また会えますようにと
星に願って繋ぐ日々

こんなおれでも 星を見て
少し星に似ている

また会えますように と
柄にもなく生き延びて

距離を知らない いつも君を見て
やがて星になっている

星に似ている

2019.03.11 Mon after all全曲語り② 路傍の花

二曲目は「路傍の花」です。

一曲目の「さよならしようか」は、僕のライブを何度か観てくれた人は中にはタイトルだけでも「あぁ、あの曲ね」とわかってくれる人もいるかもしれないけど、この曲はそうでもないと思う。歌詞を見てもらえば、思い出す人もいるかもしれない。JR東海道線を京都から神戸に向かってひた走る曲です。

ノートによると出来た日は「2013年12月25日〜2014年5月28日」となっている。うっすら覚えているけれど、出来かけていたこの曲の、何か核になるものが足りない気がして、長い間完成させられずにいた。長らく不在だったそのピースを、約半年経って巡ってきた別の要素がぴったりと埋めて出来た曲だった。

歌い出しからわかるように、通勤ラッシュ時にむき出しになる人々のエゴに辟易したその怒りのエネルギーから出来た曲だ。
当時僕は京都の山科に住んでいて、毎日神戸の職場まで片道約二時間かけて通う生活をしていた。明け方の通勤電車は既に勤勉な人々で溢れていて、だけど理性を身に纏う余裕もない朝の住人の多くは他人を思いやる気持ちなんかは改札に置き忘れて、敵意の塊みたいになって満員電車に乗り込むのだった。その敵意の出どころと着地点がわからなくて、僕は当惑した息苦しさと、不条理(に違いないそれ)に対する怒りからこの歌を吐き出した。

その半年後、僕にはまた別に怒っていることがあった。その気持ちが、未完成だったこの歌を先に進めた。一見「別の」怒りに見えたその怒りは、根底では半年前の気持ちと繋がっている気がして、この歌と一つになった。
僕はごく個人的な理由で、ある具体的で特定の物事に対して怒っていた。その怒りが、主語も主観もなかったこの歌に生きた血を通わせたように思う。

このように、複数のテーマが混ざり合って一つの作品になるということはよくある。だけど思えば「怒り」をモチベーションにして出来た曲というのは、僕にとっては他にないんじゃないかなと思う。
「形にならない」や「自分自身への」や「捉えどころのない」怒りではなく、具体的で特定の物事(もっというと人物)に向けた怒りに裏付けされた曲というのは、本当に少ない。
爽やかな曲調なんですが。そう、最近では珍しい、ピックでストロークするギターです。怒るなら朝が健康的でいいですね。

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【路傍の花】

京都や滋賀のラッシュアワーは早く こわい顔
彼らにも 家庭や希望があるという事実にかたまる
そんなに押さないで

長岡京 まだまだ人は減りはしない
高槻 茨木を抉り取り 彼らは大阪へ

俯きがちな昼を終えたあと 今日はこの街で彼女に会えるかと
阪神間を進む 連れ合いは徐々に入れ替わる

生まれた町は山の向こう
更に三宮を越えて 西へ

色のない工場地帯
一応まだ 笑顔のストックはあるから

朝日の前では まるで僕らは
路傍の花と同じだ


愛とか恋というちゃちな言葉で
誰かを貶めぬよう

あなたの手を止めぬよう
明日のふりをした昨日

僕らは星と同じで
同時に塵と同じで

僕らは今生きている

繋がりと隔たり
御都合主義で色分けして納得?
架空のボートで渡れ 幻想の日々
さよなら 此処は現実

2019.03.10 Sun after all全曲語り① さよならしようか

新アルバム「after all」発売が約1ヶ月後の4月15日に迫る中、なんにもしてへんように見えるかもしれへんけど、実は色々やってる。PV的な準備や、ジャケットの準備、入稿準備、ネットやパソコン等のインフラも圧倒的に足りてないながら、人の力を借り借り準備進めてる。ありがとうございます。もちろんレコ発ワンマンのことも考えてる。ここでは多くは語るまい。
あともうすぐ引越しで、あと仕事も期末やし色々あって、ほんまありがとうございます…

そんな中ですが、今日から毎日続けてやりたいことがあります。「after all」に収録した全曲に対する思いをちょっと語るということを、一曲ずつ順にやりたい。
前作「旅立ちのうた」を出したときも頭をよぎった全曲語りやけど、需要ないかもとか弱気なこと言ってやらなかった。けど今回は違う。やるんや!少しでも知ってほしい、私の曲を、あなたに。

ということでやります。
一曲目は「さよならしようか」です。

出来た日は2013年2月2日。2月の割に暖かい小春日和だった。
その日para-diceでイベントがあって、僕は出演者だった。昼間、僕は梅田の一人暮らしの家を出て、歩いてpara-diceに向かっていた。
扇町公園がのどかだった。もし地球が終わるなら、こんな柔らかい日がいいなと思ったら曲が降ってきて、公園を出る時には一曲出来てた。たまにこういうことがあった。

素直な、なんのひねりもない曲だ。
あの頃の僕の暮らしには丁寧さが致命的に欠けていて、無頼漢に憧れた若い気持ちも徐々に忘れて、一つずつ絡まった糸をほどくよりむしろ切ってしまいたいような思いにどこかとらわれてきていた。
実際に一つずつ身軽になっていく中で、中には半身をもがれるような別れもあるので、もちろんそれはどうしようもなく寂しい。それでもその道を行くしかないから、せめてその気持ちを正直に書き残したという、それだけの歌です。

本当に地味な歌だけど、自分の気持ちにフィットして長いこと歌ってきた。特別大事な曲で、ひょっとしたら一番かもしれない。ひょっとしたら一番かもしれない歌がたくさんあったりはするのだけど。
誰かにカバーとかしてほしかったりもする。

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【さよならしようか】

地球最後の日は できたら
やわらかな春の日がいい

でも そういうわけにはいかないんでしょう
だから僕らはいつも今を生きる

言葉足らずでいいんです
お前にゃそれで十分だよ

君は君なりのいかれたコンパスで
生きる明日を指せよ

さよならしようか 今すぐにでも
どうせなら 今すぐがいい

安心しなよ
涙なら涸れない
悲しみは深まるだろう 離れるほど

君とさよならをする日は
よく晴れた秋の日がいい

夕暮れ 孤独な渡り鳥
シルエットが目に焼きつくような

難しいことは言わなくてもいい
感じるまま生きればいい

間違っていいよ さよならしようよ
何ひとつ否定はしない その景色を

さよならしようか 今すぐにでも
どうせなら 今すぐがいい

安心しなよ
涙なら涸れない
悲しみは深まるだろう 離れるほど