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2019.02.01 Fri after all

思えばブログで報告ができていなかった。
2019年春、進藤宏希、新譜発売します。

前作「旅立ちのうた」(2015年春発売)が8曲入りやったから、セカンドアルバムということになるんかな?なにしろ魂の16曲入りです。

発売に伴い、4月15日(月)に大阪 扇町para-diceでレコ発ワンマンを行います。
皆さま是非是非お越しください!
詳細はボチボチ発表していきますね。


2017年の夏から一年かけて作ったアルバム。タイトルは「after all」です。


その言葉は密かに「, no songs were delivered.」と続く。いつからか「青春のすべての終わりに届かない歌を歌った」というフレーズが自分の中にあった。
特定の人を思って歌った歌が多い。「届いて欲しい」という願いとともに書き上げた、手紙のような曲を束ねたアルバムになるという気が、録音を始める前からしていた。
エンジニアであるオギー(STUDIO SIMPO)の実家(丹波市)のピアノの部屋でギターと歌のベーシックを録った時、マイクは僕だけじゃなく野生の鳥の歌声までふんだんに拾っていた。そのことで僕の中でなんとなく「鳥」がアルバムのモチーフの一つになり、鳥が空を越えて誰かに手紙を届けにいくイメージが膨らんだ。

そのイメージが「結局」、なぜ「no songs were delivered」という言葉に繋がるのかというと、時間は過去には向かわないからだ。宛先が過去を示した手紙を、鳥はどこへも届けられない。
「届いて欲しい」という願いは現実には叶わない。少なくとも願うような形では。そのことを知らないほどには僕はもう子どもではない。
だけど、それでも歌は確かにそこにあった。そして今もある。アルバムに収められた16曲に僕はオギーと共に、時代と呼ぶにはあまりにささやかな時間を越える、そんな強さと淋しさの匂いを吹き込んだつもりだ。それは救いとか希望に似たものではないかもしれないけれど、不思議な存在感を持って僕を照らす光だ。誰かにとって、そういった何かになってくれれば。それが届けられなかった歌に残された願いだ。
そんなふうに、僕個人の願いの向こう側に歌と共に立って、今を認めて、少し佇んだら、すべてが終わったその先に向かうんだろうなぁという、少し眩しいような気持ちも、「after all」という名前をつけたとき、心の底にあったように今は思う。

昔から物語をよく読んだけれど、最近は更にたくさんの物語を読んでいる。たくさんの主人公の生きる姿を目の当たりにして今強く思うことは、当たり前だけれど、人は誰もが自分の人生を生きるのだということ。誰かに取り込まれたいと願うこともある。だけど結局、自分を生きるしかない。そして自分自身の物語を描くのだ。
「結局」という言葉を、いつのまにか僕も使うようになった。若かった頃、若い自分はまだ「結局」などと言ってはいけないと、僕はねじれた潔癖さで拘りを守っていた。今僕は軽やかに(ひょっとしたら軽率にと言うべきかもしれない)、その言葉を使い始めている。まだわからないことばかりだけれど、何かに結論をつける場面が増えてきている。すべての事柄を留保して持て余していられたらそれは素敵なことだけれど、残された人生はそれほど長くはないと感じているからだと思う。大人になるというのは、ある意味でそういうことなのかもしれない。いつのまにか僕はもうその潔癖ささえ、何事もなかったようにどこかの針金のフェンスに結びつけてきてしまったのだ。
「after all = 結局」。青春が終わった僕は、たぶんもう大人なのだ。大人であるべきなのだ。青春なんて言葉、本当はどうでもいいのだけれど。

あと余談ですが「after all」というタイトルにはもう一つ狙いがあって、次のアルバムへの布石になるものだったりもします。いつ出来るかわからないけれど、もう決めてる。


そういうわけで、発売を楽しみにしていて頂ければ幸いです。レコ発のご予約、お待ちしてますね。
少しずつ、アルバムに関係する色んなことをお知らせしていきますので、気にしていてくれたら嬉しいです。


進藤宏希
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