DIARY

Home > 2018年06月09日

2018.06.09 Sat 6月8日

部屋に侵入する虫がとても多い水無月。さっき闖入した梅のような香りのするデカい亀虫みたいなやつは、雷に怯えて逃げてきたのかもしれない。申し訳ないけどまた雨の下に出て行ってもらった。達者で!
蜘蛛もよく闖入する。蜘蛛は居てもらっても構わんけど、あまりにも無遠慮におれの動線や生活範囲に居たりするもんだから邪魔になって結局お暇頂くことになる。この辺りは緑地も川も近いから、虫が多いのだな。

今日会社の自販機で七十円のコーヒーを買った。三十円のお釣りの一枚を取り損ねて落としてしまって、おれの十円が自販機の下に転がり込んだ。うお!と叫び声を上げて瞬時に腹ばいになった三十五歳がおれだ。自販機の下、硬貨を見つけた。手を伸ばして拾ったら百円玉だった。今日一嬉しかった瞬間です。落とした十円玉も回収し、ホクホクで席へ帰った。

昔の曲を掘り起こそうと、二、三日前からノートを繰っている。歌詞で埋められたノートが累計十五冊ある。今十六冊目。
アコギはもうしばらく関西に置きっ放しで手元にはクラシックギターしかない。不思議と逆に、ロックンロールの意識の色濃かった時代の曲をやりたくなってくる。
十二、三年前、自分は本当に天才だったようだ。冗談でも慰めでもなく本当に。
狙いすぎている。実験的すぎる。歌詞もアクが強すぎるし鼻につく。だけどメロディとリズムのアイデアと言葉がとめどなく溢れている。
ノートをめくりめくり悲しくなった。なぜそのまま我儘に進まなかったのだろう。考えても仕方のないことで、それが自分だったからである。勢いよく湧き出した泉がやがて緩やかな流れとなるのは普通のことなのかもしれない。それでももっと一つ一つの曲たちに収まるところを与えてやりたかったと今になって痛いほど思う。宝物だとわかっていた。だけど次から次に採れるその一つ一つを磨き上げることを十分にせずに、急かされるように僕はまた自分の中に手を突っ込んで次の宝物を探したのだった。そう考えれば、宝石の原石を無造作に散らかしたその真ん中に座り込んで、やがて大事にしていく曲たちを見つけてきたわけだから、当時の僕はそれを望んだのだと思う。だけど原石のまま捨て置いたものたちの価値を本当にわかっていたか。

持て余していた。当時手に負えなかった曲たち。もう忘れてしまったし、思い出しても今の自分ではリアリティがなくなってしまってもうできない。
だけど幾つかの曲をクラシックギターで今なぞっている。「カーブミラー」という曲や「naked」という曲、それにリフの綺麗な「catch a cold」という曲。その他にも沢山沢山、再会したい曲がある。
裏々で色々試してみようかなぁ、あの頃のおれも知っている村木さんにも聴いてもらいたい。


----------
翌日追記。
違うな、三十五歳のおれが名古屋で出会い直すための曲たちでもあったのかも。
過去をそのように変えてやろう
スポンサーサイト