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DIARY

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2018.05.23 Wed 5月23日

雨が降れば不思議と、どこにいても自分の町という感じがする。
怪我をしたら自分の体を「非常に自分の体だ」と感じることと同じ道理か、傘と仲良しだからか、あるいは雨が染みついた人生だからか。
晴れた日が好きだ。だけど雨の日がなくてはきっと自分ではいられないのだろう。優しさと説くのが正しいのかわからない。けれど雨の日にしか抜けない棘があるような気がしている。

今日は東京出張だった。
久しぶりの朝の山手線のホームに東京一極集中を目の当たりにした。
東京に住むのはどうなんだろう。異物も飲み込みながら大きくなる東京は、他所者が住むには愛知よりも気楽なのかもしれない。そんなことを思ったりもした。

だけれども東京で飲んで名古屋に帰り着いた駅のホーム、「こんなとき愛知に住む喜びを感じられるってもんです(ホクホク…)」とシメを食いたくなったおれの足は名古屋駅の誇るきしめんスタンドへと向かった。
もう閉店ですと断られた。
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2018.05.22 Tue 5月22日

愛されてんな、ではなくて、愛してもらってたんだな、と感じることが増えた。三年や六年や八年や十二年や三十五年といった時の長さを思う。

愛知に来て、ヒトリバンケットさんから借りた平野啓一郎「マチネの終わりに」と原田マハ「たゆたえども沈まず」を読み終えた。次は恩田陸「蜜蜂と遠雷」。本屋大賞系押さえにかかってるけど文句あるか。

全然関係ないけどこないだ会社で打合せのときに「何がしか(何らかの、みたいな意味)」って言いたい文脈で間違って「それがし」って言ってるおっさん居てめっちゃにやけた。

楽しみにしていた天満なかい山での子猫青春さんとのツーマンライブが終わった。これでしばらくライブ予定が空く。決まってるのもあるけど。またライブ予定は近くブログに上げます。

子猫青春さんは僕にとってある憧れでありまめのきウェンズデイの小林さんであり、そして少し似ているようで似ていない友達です。その歌に僕は何度か救われてきたし、思えばその歌を聴くとき僕の人生はわりあい重要なタイミングを迎えていたようで、そういう意味でも縁のある人だったんだなと思う。長らく付かず離れずの遠目の距離だったから、仲良くなれて本当に嬉しいです。

なかい山での子猫青春のライブ、本当に素晴らしかった。涙出た。
どうしても陳腐な言い方になってしまう。あんなにスケールの大きな歌手を他に知らないかもしれない。大地の匂いがして、絵が見える。その絵に泣いてしまう。ゴッホの絵のように色が綺麗で、絵の登場人物も泣いているんですね、きっと。僕にはそんなふうに聞こえる。そして歌っているのは紛れもなく小林さんなんですね。

本当に良い時間だった。その場に居てくれたみなさんに、そしてなかい山にもとっても感謝している。また飲みに行きたいし、歌わせてもらえたら嬉しいな。

一方で僕はもっと、やっぱり音楽に寄るべきかなぁと少し思った。人生のことばかりを歌わず。
でも、今はそれはできないなぁ。
本当は新しい歌「それから」を歌ったとき泣きそうになってしまった。

2018.05.18 Fri 5月18日

二週間。この二週間は愛知滞在期間の何分の一なんやろう?
二年なら五十二分の一、三年なら七十八分の一。ていうか三年ってそうか、千日超えるんやな。

なんとかやっています。慣れてきたような気もするし、けどまだ何もわかっていないというのが本当のところやと思う。
なんとなくわかってきたのは、住んでるハイツにはヤンキーっぽいのがいっぱい住んでるってこと。あとおれの練習場所である川では魚が跳ねまくるということ。そして暗闇から釣り人がヌッと現れがちということ。

職場はまだ馴染めない。色々あるが頑張るしかない!
短期間で最大限の成果と存在感を残して、さっさと関西に帰って強烈な進藤ロスを引き起こしたいという思いだ。
色々あるけどめげてても仕方ない。

二週間。気づけば35歳になっていた。
新幹線で大阪と名古屋の間を走るとき、安井さんと「8月10日」のPV撮影をした瀬田の唐橋が見える。あれからもうしばらくで一年か。再生回数は伸びないけど去年の大切な思い出だ。
いつか安井さんとただ花火大会行きたいな(笑)

色々あるけど無駄なことはなんにもない。無駄なことは沢山あるけど、無駄なことだって必要なのだ。ビジネスじゃなくて人生なのだから。過程にこそ価値があるのだ。もっというと価値なんて嘘なのだ。

ビールが回ってきた。
今朝、朝やからやと思うけど、自分の曲「雨がやんだら」が無性に聴きたくなって聴いた。
泣いた。

どうしようもなく関西人やと思う。
どこに住んだって大丈夫!
でもむしろ海外行きたいな〜

2018.05.06 Sun

愛知にやって来て三日が経った。僕にとって四年半とちょっとぶりの一人暮らしである。まだこの部屋をホテルとそう変わらないように感じているけれど、なるべく心地よく暮らしたい。
この三日間、僕は一駅離れたイオンに通って必要なものの買出しや自転車に空気を入れたり、名古屋にも買物に出たり、チャリンコで付近を走り回ったり迷子になったり、あとは料理をしたり酒を飲んだりしていた。
全く馴染みのない土地に住むのでアウェー感ははじめからわかっていたことで、その点に関しては傷つくようなことは今のところない。ホームシックはある。
カルチャー面での違和感は幾つかあって、名古屋の人はエスカレーターを歩きませんね?僕はやっぱり関西人やからせっかちで、エスカレーターでもガンガン歩きたい。あと車の運転マナーが比較的良い気がする、さすがです。
でも人は少し冷たく感じる。全国的にみたら関西人が暑苦しいだけかもしれんけども。名古屋駅の名鉄百貨店で仕事のときに着用するためのベルトを買った。メッシュのベルトで、一見カジュアルに見えたけどスーツに合わせても大丈夫というから、ほなということでスーツ合わせた感じを見てみたいと言って、相手してくれた売場のおばさま(スーツ着てはる)にそのベルトをつけてみてもらった。その時点でおばさま若干やらされ感あってんけど、おれがクールビズの時期なんでシャツだけに合わせた感じも見たいからジャケット脱いでもらえませんかと言うと「ご勘弁ください」と断られました。おれおばさまにセクハラした感じになってしまって、申し訳ないことした、かもしれんけど、なんかすごい辛かったよね…
まぁ名古屋関係ない話かもしれんな。

愛知での生活で大事にしようと思ってるのは健康と精神的充実(ホームシックは置いといて…)
健康に関しては、飯の質と酒の量を気をつけるのと、あと運動。晴れた朝はジョギングをします私。近所の川の向こう側の川原を走ります。太陽の光しっかり浴びて体のリズム作りたい。
体の健康に必要な要素は皆大体同じと思うけど、精神的充実、心の健康となると必要な要素は人それぞれですね。僕の場合、大事にしたいことは三つあって(ホームシックは置いといて…)「物語に触れ続けること(読む/書く)」、「音楽に触れ続けること(作る/演奏する/聴く)」、そして「自分が今立っている場所を確認し続けること(人生を俯瞰したり今の状況を記録したり…日記とか。)」がそれに当たる。心の健康というよりは、自分を保つ方法という方が合ってるか。
物語に触れることは本屋さえ確保しておけばどこででもできるし、立ち止まって過去を振り返ったり未来を想像したり周りを見渡すこともどこにいたってできる。問題は音楽だ。
三日前から住み始めたこの部屋は、今までの人生で一番壁が薄いようで、隣の部屋の人の咳払いや、色んな音が漏れ聞こえてくる。今もいびき聞こえてきてる。。
ここでギター弾いて歌歌ったらどうなるか。いくら愛知の人が他人にあまり干渉しないからといって(そう感じる。人をジロジロ見るようなことをしない)、騒音で生活を冒されたら、場合によっちゃすごい理詰めで怒られそう。りりしい眉の真顔で怒られそう。会社とかにもチクられそうやし、法的に攻撃したり社会的に抹殺したりされそう…。
そんな僕ですが、素晴らしいスタジオを見つけました。近所の川のこっち側の川原です。ちょっとフィリピン人とかの不良みたいな奴とかウロついてますが、練習できそうなナイスな川原です!今日の夕方そこで久しぶりに少し大きめの音でギター弾いて歌ってみて、めっちゃ救われた感じやった。。すぐ雨降ってきて二曲でやめたけど。
そういうわけで体の健康は向こう側の川原、心の健康はこっち側の川原と、近所の川に依存してなんとかやっていきたい。晴れた日は毎日少しでも練習しに行きたいな。よう考えたら雨の日は運動も音楽もできへんけど、そんな日は家で大人しく本読んで酒を飲もう。
川原の近くにはコンビニもある。練習を終えたら缶ビール買って飲みながら帰るのだ。そんなこと想像して雨の中家に向かって歩きながら、愛知に出てきて初めて少しわくわくした嬉しい気持ちになった。ついにおれも川原の人になったのだ、川原は偉大だ、ASAYAKE01や重田拓成を育てた。
しかし思えばどこに行っても音を出せる場所を探しているなぁ。いつも僕が熱視線を送ってしまうのはあのコンテナみたいなロッカールーム的なやつ。あれ借りて、ドラムとかアンプ持ち込んだら使い放題のスタジオにできるんちゃうん!?ってきっとみんな考えたよね。音楽って不思議やなぁ。音を出すことに不自由する僕らはそれにいつも飢えている。

明日から仕事が始まる。僕にとって新しい環境、新しい会社での新しい仕事だ。そもそも赴任休暇とゴールデンウィークの合わせ技でまさかの16連休だった。社会復帰できるのか。
仕事のときは仕事のことだけ考えて、集中したい。仕事終わったらもうめっちゃ他のことばっかり考えて楽しくいたい。切替王におれはなる

2018.05.06 Sun それから

曲のでき方にも色々あって、未完成のまま温め続けている曲もあればものの五分で口ずさんでハイ出来上がりというものもある。後者の場合日記のようなものだ。その日その時の気持ちを吐き出したかったり、記録しておきたかったりという思いからスルリと作曲を行う。概して、中身に大したこだわりは無かったりする。人に聞かせるよりもまず自分のための行為だからだ。たいてい、何かしながら作る。
今度の曲は、名古屋から今住んでいる大高までの普通電車の中、電車を降りたホーム、駅から家へ向かう道などで口ずさんだり、頭の中で歌いながら作った。こちらに越してきたその時だ。
久しぶりに日記としての曲ということで「5月4日」というタイトルにしようかと思ったけど、途中から少し、ただの日記のようにはしたくなくなってきて、あと最後になって「それから」というタイトルが落ちてきたのでそれにしようと思う。まぁちょうど夏目漱石の「それから」を読んだのでそれからパクったのですが…。


---『それから』---

寝ぼけたまま鈴を鳴らし
降り立った小さな駅

今日から君だけが友達
会いたい あの子に

不器用なりにまめな僕だから
ちゃっかりこの町を愛すかも
君が思うほど僕は正直者じゃないのさ

明日の朝 息を止めて
隣を見て 目を瞑って
また開いて 立ち上がって
カーテンを開けて
それから

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最初に書いた歌詞から、余りにも個人的な部分は少し変えた。けど、一番拙い部分は変えられなかった。
昨日の夜遅く、近所の河原に行って小さな声で歌ってみた。きっとそのうちにいつか、歌わなくなる曲かもしれないと思った。だけど今の僕を支えてくれる。