DIARY

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2016.07.22 Fri

今日、いくつかの形のあるものが壊れた。比喩ではない。たとえば家でライブを意識して練習するときに使ってる安物のマイク(アンプラグドである)が壊れた。弾みでマイクスタンドから落としてパカンと壊れてしまった。あと財布のチャックもいよいよ壊れてきた。
形のないものは、壊れたことに気づかれないことが多い。たとえばある種の気持ちや志や執着なんかが壊れたとき、大きな音やひずみを起こすことがあって、そんなときは「ああ壊れたんだ」と思う。けどほとんどの場合はいつからか微かな違和感があって、あるときよく見たらいつのまにか壊れていたようだ、そういうことになる。
どちらにしても、直せないほどに壊れたなら捨てなくてはならない。荷物になるだけだし、破片で怪我をしかねない。マイクなら燃えるのか燃えないのか、捨て方は少し悩むが、調べてビニール袋に入れて正しい日にゴミ捨てばに放ればいい。しょうもない悩みや破れた約束なんかは、青空でも海でも好きなところに爽やかに流して「バッキャロー」と叫べばいい。
壊れたまま、それでも持ち続けるもの。壊れてないと思い込んだり認めなかったり。そういうやつも、ないではないが、いつか捨てられた後から思えば、それは一種の病理である。まぁ生きることは病めることだ。雑記。
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2016.07.17 Sun

僕ら人間のサイズ感はとても絶妙だと思う。空は高く海はあくまで広い。カエルやミジンコよりは大きく、でもゾウやトドよりは小さい。この地球の上で、色んなことが浪漫たっぷりにチャレンジングで、それでいて確かにチャレンジャブルにも見える。僕らは新しい生き物を発見できるかもしれないし、誰もが驚くような発明をできるかもしれないし、宇宙に飛び出すことだってできるかもしれない。ロックバンドを組むことだってできるかもしれないのだ。

夏の空をぼけっと眺めてるとき、こうやって今空を見ているおれもいつかは死んでいなくなってるんやなー、今は確かにいるけど。というようなことを思ったりする。自分が死んでも空は残るからそう思うんだと思う。悠久の時を不思議に思う。僕ら人間にはもう祈りぐらいしか確かなものはないんじゃないか。

子どもを見ていると、今が今しかないということを痛いほど強く感じる。僕らおっさんは、一秒ずつ老けていく自分をちゃんと感じにくいのは仕方ない。おっさんになってからの成長とか退化は変則的やから、自分自身の変化よりも時の流れそのものから時を感じ取る。時々は老けた自分を確認もする。
でもだからといってなんということはなく、倒れた後に新しい命が芽吹く樹木のように、あるいは大陸を移動する草食動物の群れの一頭のように、何かの一部として何かを少しでも生き永らえさせて、先に進めてあげたい。

でもその前に、最近また多作。僕は自分自身の花や種をできる限り出し尽くしたい。タイムオーバーが来るまでに少しでも先に進めたいし、残したい。アルバム作りたいなぁ。裏々のアルバム、ソロのアルバム(もう五〜六枚分ぐらい溜まってる)。そして消えていく昔の曲たち。聞かれない曲は何のためにあるんやろう?たぶん、どこまでも僕自身を救うためやった。それでもいつかは、何か出口を与えてあげたいな。もらってばかりじゃなく。いつか知らない誰かに届いて、誰かの中で一人歩きしてくれたらいいな。話変わるけど、聴いた人の中で一人歩きするような曲が偉いと思う。サザンとかそういう曲多いと思ってる。尻尾は掴めるけどすぐにはぐらかされて、それでいて惹きつける力がすごいからどんどん一人歩きさせてしまう。そういう曲はほんま偉いと思う。実はサザンめっちゃ好きなんです。あと今一番楽しみなのはスピッツの新譜!

最近思う。やっぱり音楽は人生の伴侶やと。いつもそばにいて、たぶん一生離れない、し裏切らない、と今は思ってる。中二で初めて真剣に曲作ってから今まで、ずっと愛してきたと思う。出会えてよかった、助かった。

人生を四季に例えると、普通に考えたら33って夏?夏の終盤か。そうか、ほんできっと冬は長いんか。あかんあかん、秋も冬も素敵やけど、寂しくなるよ。まだ当面夏で。でも一番熱いのって10代から20代前半やと思うねんけど。人生を四季に例えるの、微妙じゃない?

いや、なんでもないです。もうすぐツーマンライブがあるので来てください。お相手はたかぎしゆかさん。この日は最初から最後まで真面目に聴いたら人生観変わるかもしれません。あと単純に僕の新曲聴いてほしい。

そうや、言おうと思ってたんやけど、いや、やっぱやめとこう。