DIARY

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2013.08.09 Fri 土を肥やす枯葉のような


死んだらどうなるんかな、って最近またけっこう思ってた。セミのせいかな。
セミってすごいなぁと思う。七、八年地下に潜伏して、生涯最後の七日間を地上で駆け抜ける彼らには、全感覚が凝縮された七日間、どんな色彩や質感で世界が見えているのだろう、無情にも時が来てその動きを止めたとき、彼らはその先に何を見てるんだろう。悟ってるんかな?とか。毎年セミに対して思う。

体が死んで形を失っても、命だか魂は残るのかな?天上の国とか、地上での来世とか、あるんかな?ちょっとでも意識はあるんかな?
それともただ「終わり」。何も無くなってしまうんかな。

答はわからないから、悪い方で考える。ただ「終わり」。人によっては悪い方とも言い切れんだろう。
死んだら自分の肉体も魂も全部消えてなくなるとしたら悲しい。痛くも痒くもなくなってしまうのがこわい。でも、何か自分のかけらと呼べるものが繋がっていけば、救われるなぁと思う。生まれたからには何か遺したい。
子孫とか、作品とか、メロディーとか、もっとちっぽけな言葉や思いとか。そんなものが残っていけば嬉しい。
思い出や面影を、少しの間身内に抱いていてもらうだけでいい、って、そのうち思うかも。それが誰かの世界の味つけの一つにでもなればいい。
なるべく貢献したいってことなんかな?世界のことは好きやから。死して我をなくせたなら。いやそれもまた欲かも。
僕はできたら歌を遺したい。

同時に思うのは、たくさん作品を遺すには人生はとても短いなということ。早死にするかもしれんし。

楽しく生きたい、それだけでいいとも思う。結局突き詰めたら同じ景色になる。それでも自分に何ができるんやろって、考えること辞めるのはイヤや。性格の問題か。それが僕の近道で回り道。

真摯に生きて、いつか祝祭のような死を迎えられたらとても嬉しいです。そのときに、自分のかけら達の芽吹きの兆しなんてなくてもいい。そうなるように一生懸命生きて、何か確信を持てたならいい。そこから真っ暗闇でもいい。
生きてる間は根を張る期間、死んでから枝葉は伸びてゆく、それは最後に見る夢かもしれんけど。

大地にキッス!
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