DIARY

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2018.04.13 Fri 2018春の昼クラブ

次のライブは昼クラブ、『STRANGE BOUQUET VOL.19』です。
半年に一度のお楽しみ、春クラブ、秋クラブ、春クラブ、秋クラブ…。
時々天気が悪かったりする。それでも暖かい良い時間が流れます。

音楽係(DJ)も最高の音楽を繋いでいってくれるし、出展もみんなセンス爆発、とっても素晴らしいし楽しいです。フードやドリンクも最高に美味しいです。
もちろん僕達歌係も、最高のパフォーマンスをする気十分。
昼クラブのときはよくカバーも歌ったりします。

どなた様もお気軽に、遊びに来てください。
4/14(土)〜4/15(日) 神戸元町space eauuu


参考に歌係を紹介すると、
■ 14(土)
MOSCOW/Apartment/カンガルーポー
■ 15(日)
進藤宏希/宮本菜津子(MASS OF THE FERMENTING DREGS)/オガサワラヒロユキ/GOODNITE

僕は15日の14時頃から歌う予定です。
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2018.03.19 Mon

今日こそあれをやって、これも済ませて、どれも片づけてしまおうと毎朝思っているのに、15〜6時間後、明日こそと心に決めて布団に転がり込む日々だ。こんなとき「春ですね」とか、もし冬であれば「寒くて心身が言うことを聞かないのだ」とか、少し前の僕ならば後ろに付け加えて引き伸ばした薄ら笑いを透かして置くような感じだった。今はもう違う。はっきり自分の心身の不充実と意識の低さを認める。今晩こそやる事やろう。

だけど色々な大切なことを一見置き去りにしながらも、目まぐるしく変わろうとする生活に少し舞い上がってもいる。
舞い上がっても足をつけるべき地を感じていられればそれでいいというふうに思っている。

ふと思い立って、自分のブログを一年半分ぐらい読み返してみた。けっこう面白かった。例えばあの頃なんで落ち込んでたのかとか、もう思い出せなくなったな。それが現在を拘束しないのであればもはや過去ではなくて、記録されたそれはまるでどこかからやって来た物語のようだと思った。

2018.03.01 Thu 愛知に引越します

突然だけど愛知に引越すことになった。勤め先の親会社への出向だ。
時期は2018年の5月から。期間はまだはっきりとはわからない。向こうからは「5年ぐらいは居てもらいたい」と言われてるし、こっちの部長からは「とりあえず1年間行ってきてくれ」と言われてるし、今の直属の上司である課長からは「現実的には2年やで」と言われている。たぶん、色々な思惑とか自分自身の行動とかも想定して考えると、実際2年か3年ということになるんだろうなと、僕は思っている。
出向期間が終われば、たぶんまた関西に戻ってくる。

1ヶ月ほど前、今回の話が持ち上がって、出向者の候補に自分の名前が挙がったことを知ったときから今日まで、色々な気持ちが心に浮かんだ。ネガティヴな要素も、そりゃ正直たくさんある。
だけど今はもう前向きに捉えているし、どうってことないと思ってる。どうってことない、長い目で見れば。
むしろ、基本スタンスとして大概の変化は歓迎したい。特に仕事の面では、環境を変えられることを僕は喜んでもいる。今よりやり甲斐もあると思う。
愛知で暮らせば、大好きな信州へのアクセスも良いし、色んな町へ出かけて行きやすいとも思う。それに関西にもしょっちゅう帰ってくると思うので、そう寂しくもない。2年か3年後、関西に戻ってきたときからのライフスタイルを思い描きつつ、新しい環境で見聞を広げるのも悪くないと思う。

当然、現実的には色々と細かな問題がある。自分としては、今特に気になることに製作中のアルバムの出し方というものがある。愛知に引越した後、どのようにレコ発をしたり、色々やっていこうか。向こうでの生活が落ち着くまでの期間を考えると、CDが完成する時期も後ろに倒れてしまうかもしれない。
でも「なんとか間に合った」とも言えると思っている。引越しが1ヶ月早ければ、レコーディングを終えられなかった。もともとは4月1日付で出向と言われていたんやけど、交渉して5月からにしてもらえた。それでほんと助かった。レコーディングを始めた去年の夏、ホタルの季節から今まで、割と良いペースで進めることができて本当に良かった。エンジニアのオギーと、手伝ってくれた方々のおかげです。引越しの直前に、最後一人でコーラス入れをして、レコーディングは終わりを迎える。
正直に言うと時間切れで、一つだけ、レコーディングでトライしたいと思い描いてたアイデアを実現できなかった。だけど、残された時間で最高のものを作るための、別のプランでもう走り始めてて、それは実際、元々やりたいと思っていたこと以上に、現時点の僕の真骨頂を発揮できるやり方だと思う。元々やりたいと思っていたことは、また別の場面で実現したい。

アルバム以外の現実的な問題として、家族の生活や人生に与える影響というものもある。会社からの命令で生活を変えるのに変な話だけど、たぶんお金も余計にかかるようになる。まぁそのへんはここでしたい話でもないし、なんとかするしかないとしか言えない。自分としては、今回の転勤で家族の人生がさらに楽しくなるようにできないもんかなと、画策したい気持ち。ちなみに家族みんなで行くか、単身かはまだ決めていない。

愛知に引越しても、音楽活動は今までどおりやれるだろうか。まだよくわからない。今、音楽がとても楽しい。アルバム作りが心底楽しいし、ライブも、演奏も、今までの中で今が一番楽しい。実は今年に入ってギターの弾き方も地味に劇的に変えてんな。でもそれはまた別のお話…
だから休まず音楽活動を続けたいし、実際そうするだろうとは思う。でもほんとのところは、どうなるかはわからない。というのも、いつか遠くない未来にライブをしない期間を数年間取りたいという気持ちがあって、それがひょっとしたら今ってことになるかもしれない。いや、今ではないと本心では思うんやけど。アルバムも作ったし、ライブを休むにはタイミングが悪い。でもそういう気持ちがあるのも事実。色んな創作に専念したいという気持ちがあるんですね。コンスタントにライブがあると、やっぱりどうしても自由に空想や発想を広げることにどこかブレーキをかけてしまって、ライブに向けて心技体準備していくことが必要になる。そこから解放された期間がいつか欲しい。
あと、心のどっかに、いっぺんぐらい死ぬ気でサラリーマンやってみたいという気持ちもあったりもする。不思議なものやな。

どの選択するにしたって、前向きなんです。だから心配はいらない。
聴きたいと思ってくれる人がいたら、またその人の前で歌います。たぶん間違いなく。出向期間中も、関西にもライブしに来ます。
せっかくやから愛知や周辺の都道府県でも歌いたい。どこか紹介してくれる人がいたら嬉しいです。

散らかっていますが、取り急ぎ報告まで。
今後ともよろしくお願いいたします。

2018.01.12 Fri 2017年を作曲で振り返る

こんばんは皆さん、こんばんは。
空気入れたばっかりのチャリの乗り心地はプライスレスですね。

今年もよろしくお願いします。

2017年を作曲で振り返ってみます。
長いこと、どちらかというと多作でやってきた僕にとって2017年はわりあい不作の年で、合計8曲しかまともに作りませんでした。いや、最近はこんなもんかな?とにかく春の始めに出来た曲から秋に出来た曲まで、その間半年近く空いた。でも秋以降多作モードになりました。


一曲目『帰り道だけ素直になれる』
2017年2月5日に出来た曲のようです(ノートに書いてある)。仕事の帰り道に書いた詩に、曲をつけたものですね。確か曲を作ったその日にライブでやってみた気がする。
ライブでやると、なんとなく刺身のツマみたいな感じやけど、それはそれで大事なことで、とても好きな曲です。まぁ、地味やけど素直な、自分っぽい曲のような気がします。

二曲目『市境にて』
2017年3月末頃作とのこと。僕はだいたい毎年、春になったら「春になったな〜」という気持ちだけで歌ってしまって曲になるのですが、2017年の春曲がこれです。春の曲はのどかな、でも少し不穏な、薫ってくるような、いつもそんな感じがします。
引っ越して、新しい環境に身を置いたときの気持ちが入った曲ですね。自分的にはすごく気に入っている。

三曲目『輝きをなくした人へ』
2017年4月に書いた詩を、9月になってから歌にしたやつです。この曲で歌っていることは今の自分にとってとても大事なことになっています。褒められたもんではないが、正直に告白すると、自分で歌いながらよく泣いてしまう曲が幾つかあるのですが、この曲も実はそういう曲です。

四曲目『でもきれい』
2017年9月22日。But Beautiful ってなんか素敵な言葉やなーっていうところから、イメージを広げていって作った曲です。仕事の帰り道、自宅の最寄りの駅で電車を降りる頃に着想を得て、そのまま夜の町を家に向かって歩きながら作りました。これ、ライブでやり続けても人気の出ない曲と思う。でも僕はかなり救われた曲なので、大事にしたい。

五曲目『ため息』
2017年10月4日。
“ 僕たちの長い長い長い憂鬱は 一体いつまで続くんだろう
会いに行きたいムマシン幹線に乗って
本当の自分に ”
っていう歌い出しからもわかるように、だいぶ気持ちがやられてる時に出来た曲です。これも夜の町を歩きながら作った。この曲にも本当に救われた。いつか評価されたら嬉しい。2017年に作った曲の中で、密かに一番情感の膨らむ展開の曲やと思っている。短い曲が多い最近の中では、とても長い曲(6分超え)

六曲目『ホワイトタイガー』
2017年10月17日。去年、一番気楽に作った曲ちゃうかな。普通の曲。10/8拍子やけど。
三重県の神島に一人旅に行ったとき、雨に煙る海を眺めていたら、なぜだか急に昔宝塚ファミリーランドにいたホワイトタイガーのことが思い出されて、出来た曲。
自分的には、良い曲かどうかなんともわからない、そんな曲やったけど、オガサワラヒロユキさんとか本城タカヒロさんにホワイトタイガー良いなって言われたので、自信がついた曲。

七曲目『インスピレーションくれよギターよ』
2017年11月19日。黒木サトシに対抗したいというか、年末にドブロクと対バンするときのために新しい武器が欲しいというか、なんか、インスピレーションが欲しいな〜頼むよギターって、ギターに頼りながらごく普通のリフ的なもの作って、それに歌乗せたらなんか楽しい感じになった曲。ギターから作るということが自分的にはとても珍しい。『A song』っていう曲とかはそうやったな。
今年たくさんやると思う。

最後八曲目『クリスマスソング』
2017年11月20日。赤面しそうにポップソングです。一度だけ、クリスマスの前にpara-diceで演奏しました。次の冬、やるだろうか。


どれも大事な曲になりました。自分的には、えらく落ち込んでいた秋頃に心の支えになっていた『輝きをなくした人へ』『でもきれい』『ため息』『ホワイトタイガー』の四曲と過ごした日々が印象深いです。気持ちが落ち着いた今ではパッタリとやらなくなってしまったそれらの曲ですが、やっぱり時間をかけて大事にして、一つになっていきたい曲たち。
最近思うんですけど、家とかで歌いながら泣いたりしてるって上に書きましたが、そういう曲を持ってるって幸せやなとか、思ったりします。

今年はどんな歌が産まれるでしょうか。
楽しみです。

2017.10.18 Wed 灯台を見に行く 帰路編

神島で目覚める朝。前夜は持ってきたCDウォークマンで、久しぶりに作りかけの自分のアルバムを聴いて、そのまま眠りに落ちた。
朝目覚めても雨はまだ降っていた。風もそこそこ強いみたいだった。波もあるのだろう。
体調は昨日より幾分か良いように感じられた。とはいってもこの悪天候で島に留まっていても仕方ないから、朝飯を食べたらすぐに宿を後にし、8:35発の船に乗り込んだ。船はやっぱり揺れたけど、なんかもうある程度慣れたみたいだった。
鳥羽(佐田浜)に着いたら、すぐに近鉄で帰ろうかとも思ったけど、別に急がないので、雨の鳥羽の町を少し散策することにした。
駅前の、海女さんが獲れたての貝を焼いてくれる小屋の並び。元気だったらここで瓶ビールで軽くやりたかったのに。赤福の鳥羽支店、昔家族で来た、懐かしい。他にも昔家族で来た、でかい海老フライ定食の食える名店「漣」を眺めたりしながら、ぷらぷら歩いた。
また懐かしい場所、城山公園に着いた。昔、少しだけここで遊んだことがあるけど、そのときの印象がいつまでも残っていて、また行ってみたいと思っていた場所だった。そこはやっぱり素敵な場所だった。ここには、晴れた日にまた訪れたいな。
旧鳥羽城の本丸跡を経て、旧鳥羽小学校の校舎(国の有形文化財。三重県初の鉄筋コンクリート建築らしい)を眺めて、ゆっくり、よたよたと駅へ戻った(だいぶ疲れてきてた。ぶり返した感。。。)
なんとなく、崩れそうなまま放置された建物が多いなぁと感じた。鳥羽、とても好きな場所やねんけど、来るたびに悲しくなる。三重県は本当に観光資源豊かな県で、海の幸から松坂牛まで美味いものの宝庫やし、志摩の美しい海岸や離島の独特の文化、更には日本人の心のふるさと伊勢神宮まで、ここに来て触れるべきものが沢山ある。鳥羽の町を歩くと、中には、若い人が始めたと思しき、ちょっとオシャレな良い感じの店も出来たりしてた。けど、観光の中心エリアから少し離れると、そこはけっこう軋む音が聞こえてきそうな、錆びついた雰囲気がしていた(失礼やな。すいません)
好きな町やし、これからもがんばってほしいな〜今はまだ高齢の人とかも元気にがんばってはるんやろうけど、そのうち人が少なくなってきたらホンマにどうなるんやろう。近鉄が今のうちにもっとがんばらなアカンねやろうなぁ。
さてこの町の未来を憂いたりしながらも、だいぶ僕もくたびれた。大阪へ帰ろうと、近鉄特急に乗り込む。快適に二時間で大阪へ。
ちょっと時間を潰す必要があったので、すぐには家に帰らず、梅田をうろついた。昼飯に、阪急三番街のラーメン横綱でネギを食った。
ジュンク堂を思う存分うろつき、本を一冊買って帰宅の途に着いた。いつのまにか雨は上がっていた。傘もどこかになくしていた。家に帰ったら夕方の四時だった。

先を見通すことは出来なくても、何を大事にして生きていきたいかを改めて考えることが出来た。とりあえず、自分のアウトプットがいつも音楽や文章であることに対して、迷いはもともとなかったけど、「それでいいのだ」と前向きに思えるようになったような気はする。
だけどこれまでの10年を振り返ってる余裕はなかったなー。そんなことを思いながら、今風邪の抜けない体を横たえて、なんとなくあの頃経由で今のあそこへ思いを飛ばしている、というわけのわからないメッセージでこの手記を結ぶ。