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DIARY

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2018.08.05 Sun 2018夏後半ライブ予定

夏の空が好きだ。素敵だ。
ここから見ると、きっとあのへんは雨が降っている。
そうかと思えば真上は雲がちぎれて晴れているし、夕闇の迫った青は心に沁み入って切なくなるようにきれいだ。
遠く遠く山の際の更に向こうで光る雲は立体感をなくしてもう絵のようだ。
低い雲が流れてその向こうの高みにもくもくした積乱雲が堂々と斜陽を受けている。
薄い雲は光を抱えて彩雲になる。


ライブ予定です。
誘ってくれた方々にとても感謝している。

◼︎8/25(土)名古屋 御器所なんや
18:00/19:30 ¥2000(要オーダー)
テッペー/マサ・タケダ/進藤宏希

◼︎9/2(日)名古屋 今池 大衆泡盛居酒屋 海月の詩
ナランチャ企画『クラゲ世紀クラゲる』
18:30スタート チャージ¥500+投げ銭
わーわーしーしー(チャーリーホッパー+Hitomi Kanda)/村田仁(詩人)/進藤宏希/ナランチャ

◾️9/14(金)京都 木屋町DEWEY
詳細カミングスーン

◾️9/15(土)大阪 梅田ハードレイン
詳細カミングスーン


以上のライブをもって、暫くライブ活動は休止する予定。もし追加したとしても、9月末までです。秋に二人目の子どもが産まれるから。
今単身赴任だから、平日なら、案外早く再開できるかな。いずれにしても遅くとも、春が来る頃にはまたライブを始めたい。出来上がった音源を形にして届けていきたい。

ここ三日間久しぶりの深い夏で、火照った心身を今、日陰で冷ましている。
彼が遅い昼寝から覚めたら、一緒に何か飲もうと思う。
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2018.08.02 Thu 幸せのこと

言いたいことがたくさんあるような気がしていたけれど、いざ何か書こうと思うと何も思いつかなくて不思議だ。
とにかく暑すぎるし、疲れている。先週末は名古屋でライブがあったから関西に帰らなかった。ステージの上でしか整えられない地表が、僕の心にはひっそりとだが確かにあるみたいだ。放っておけば一夏で草ぼうぼうの荒地になって忘れられてしまう、グラウンドの隅の一角のようなちっぽけな場所が。

自問する様々な色々に、ひとまずの答えみたいなものを返さなければならない時期が来ている気がする。命を燃やすってどういうことだろう?僕は僕なりにきまじめに生きてはいる。

幸せのことをどう思う?
いつも想像力を大切に。自由に。

2018.07.06 Fri 8/31梅田ハードレインライブキャンセルのお知らせ

8/31(金)の梅田ハードレインでのライブですが、事情により出演をキャンセルさせて頂きます。大変申し訳ないですし、無念です。
今後の梅田ハードレインならびに関西でのライブについては、鋭意調整中です。決まり次第お知らせさせて頂きます。


進藤宏希

2018.06.29 Fri 2018年夏のライブ予定

ライブ予定です。

次のライブは、実に二ヶ月ぶりのライブ。こんなに空いたのは、子どもが産まれて4〜5ヶ月ぐらい休業したとき以来やな。
腕も勘も鈍っているはずだから、リハビリしないといけない。それは辛いけれど楽しい作業。元の自分に戻るのではなく、少し横道に逸れてみたい。これが今の僕だ、と言えるようなものになりたい。

次のライブは名古屋。7月末と8月末にやるけど、そのどっちもステキな音楽の先輩で友達のマサ・タケダさんに繋げてもらった。感謝です。


<以下、ライブ予定>

◼︎7/28(土)名古屋 夜空と月のピアス
18:00/18:30 ¥1800円(+1drink)
小川倫子(大阪)/マツシタマサヒロ/進藤宏希/野々山聖/429(三重)

◼︎8/25(土)名古屋 御器所なんや
18:00/19:30 ¥2000(要オーダー)
テッペー/マサ・タケダ/進藤宏希

◼︎8/31(金)大阪 梅田ハードレイン
詳細カミングスーン

<ここまで>


御器所の「なんや」は昔、橋本進くんに呼んでもらって出たことがある。そのときは紙コップスの各務さん、鍵盤弾きのいとまくん、北海道からエマローズさんと素晴らしい日だった。
思えばたぶんそれ以来の名古屋でのライブだ。

ちなみに7/28、浪花の日は村木コートパイン雄一の誕生日だ。
そういうわけでよろしくお願いします。

2018.06.25 Mon 胸と背中

じっさい今僕の暮らしは望まない形で家族と離れたところにその時間的な大半を置いてしまっているのだが、そのことが決まった時あるいは決まりかけていた時(つまり会社から転勤の話があって、赴任のスタイルとして当面は家族帯同ではなく僕の単身赴任と決めかけていた時)、当然のことながら僕は今回の変化を、望まないながらもポジティブに捉えよう、何か代え難い価値がそこに隠れているはずだ、そういうマインドを必死で作ろうとしていた。
その姿勢はもちろん間違っていないし、今も諦めてはいない。だけど。
この1.5ヶ月(もう1.5ヶ月経ったのか)で得たもののことを考える。僕は「家族と一緒にいること」こそが今の僕にとっての第一義だということを知った。言い換えるならば、単身赴任の選択をした自分がある意味で間違っていたと知った(全面的に間違っていたとは思わないけれど)。
三歳になった息子のことを考える。彼は父親のことが大好きだから、父親と離れて暮らすことがとても寂しい。もちろん母親のことも大好きだし(本当はたぶん父よりも何倍も母が好き)、本当に幸いにも保育園の先生や友達にも恵まれているので、概ね申し分なく幸せだ。
だけど彼は父親と離れて暮らすことで別れを知ったし(もちろん再会を約束された別れではあるが、独力で再会を実現できない子どもにとっては、ある意味でそれは本当に別れだ)、たぶん無力感のようなもの、自分がどれだけ望んでもけっして思いどおりにはならない事柄があるのだということも知ったはずだ。
それらはとても大事な人生の勉強であると思うし、今回の変化によってもたらされたギフトといえるかもしれない。だけど二歳や三歳でそんな諦観めいたものを知る必要があっただろうか。そんなふうに思う。

僕は今、息子のため(=自分のため)に何ができるかと思い悩む。
地震の恐怖は息子から数日間笑顔と言葉を奪ってしまった。側に居てやれなかったこと。
昔、家族のために身を粉にして働く人達を見て、誰もが人に幸せを押しつけるのではなく自分のために生きるべきだと強く思った。背中を見せること以上にできることなんてないはずだと。
その気持ちは変わっていない。でも今僕はそれと同時に、夏に向かう新緑のような確かさで、家族のために生きたいと思っている。息子が見る僕の背中は仕事に向かうカッターシャツだったり、ギターケースを背負っていたりするだろう。だけど胸のうちではほとんどいつも、家族のことを思っている。白状すると、それこそ本当に十代の頃の恋愛のように。