DIARY

Home > 未分類

2018.06.19 Tue 6月19日

安いメロン。一人暮らしなので半分に割ったやつがいい。そういうのが250円ぐらいで売っていたなら買うのだ。それを冷やして、風呂上がりにスプーンで食べる。初夏の夜なのだ。
そんな僕も新幹線の中で遭った今回の地震にある程度参っていて、今日乗り込んだ在来線の電車がそこそこ大きく揺れたとき、もちろんそれは通常の運転に伴うレベルの揺れなのだけど、昨日のことを体と脳が勝手に思い出してうっすらとパニックを起こしそうになってしまった。暫くは、おっかなびっくり電車に乗ることになるのかもしれない。あの2005年の福知山線脱線事故に遭った人がその後電車に乗れなくなったという話が、今は実感を持って少しわかる。

6月18日、朝7時50分新大阪発の東京行きの新幹線のぞみに乗り込んだ僕は、早々に眠りにつこうとしていた。少し寝不足だったのだ。眠りにつきかけた時、激しい揺れを感じて目を覚ました。
車内灯は消えていた。車体は高速で走りながら縦、横と激しく揺れ、徐々に浮かび上がるような感覚があった。サイレンのような音があちこちから聞こえる。脱線するのか?自然と声にならない声が口から漏れ出た。
何が起こっているのだろう?はじめ、ここ数日の新幹線の事件や事故のことが頭をよぎった。客室内での殺人事件、人身事故、パンタグラフと鳥との接触事故。だけどこれは、そのどれとも違うようだ。サイレンの音声がようやく脳に届いて、聞き取ることができた。「地震が来ます」。僕の胸ポケットのスマートフォンも、同じメッセージをけたたましく発しながら振動しているようだ。
「地震なんだ!」「停まってくれ」「死ぬかもしれない」「家族は無事だろうか」これらの考えが瞬間的に頭の中で逆さまのドミノのように立ち上がった。
僕の人生でも指折り、死に近い時間だったかもしれない。永い数秒の後新幹線は停止した。停止した時には既に地震は収まっていたようだった。
新大阪と京都の間、震源にほど近い場所で僕の乗った新幹線は地震に巻き込まれた。それから約三時間半、新幹線は動かなかった。停まった場所がちょうどカーブの途中だったから、車体は体感として10°ぐらい左に傾いていた。はじめ疑った、脱線か何かによる傾きではなかったのは良かったものの、何時間も傾いたままというのはなかなか疲れるものだった。
停まっている間、家族と連絡を取ったり、会社に連絡を入れたりした。幸い僕の周りで大きな怪我をしたりした人はいなかった。

やがて新幹線は動き、のろのろと京都駅まで走り、そこでまた数時間停まった。予定より5〜6時間遅れて名古屋に着いたときはヘトヘトだったし腹ペコだった。会社はもうとうに休むことにしていたし、とにかく何か腹一杯食おう、と思って名古屋駅の改札を出たら、改札制限のためか人だかりができていて、今回の地震とは関係ないと思うけど初老の男性が倒れていた。いきなり目の前で人が倒れているのでまたびっくりして、周りの人と「大丈夫ですか」と声をかけたり駅員やたまたま近くにいた警官を呼んだりした。そんな騒ぎで倒れた方の容体も気にかかるし、食欲も失せてしまった。

散々な一日だな、家に帰り着き、少しギターを弾くと急激に眠くなり少し眠った。地震で亡くなった女の子のことを思うと本当に辛い。起きても何もやる気が起こらなかったし、家族のことも心配で気分は落ち込んだけれど、徐々に、明らかに新しいことを考え始めている自分がいる。

僕の人生には幾つかの地震と電車の事故の痕跡が残っている。阪神大震災の強烈な体験と、一本前の電車に飛び乗っていた2005年の福知山線脱線事故。
今回はついに地震と電車がセットでやって来た。事故にはならなかったけど。いやほんまに、被災したみんな大変やけど、鉄道会社の方々も本当に苦労されたと思うし頭上がらへん。

まだ整理できてないけれど、新しいことを考え始めてる。歌手活動とはあまり関係ないことやけど、一人の人間として。

コロンビア戦勝ったニッポン。サッカーの試合ちゃんと観たんほんま久しぶり。初夏の夜。
スポンサーサイト

2018.06.15 Fri

青い無花果の匂い
未来のために生きているわけではないから
時の速さを呪っても 何もならないのだけど
快速列車に置いていかれながら
また一つ 歳を重ねた

文学も音楽も絵画もこの手には有り余るから
手の届く星として愛している

君への気持ちはいつも 晴れた日に歌う雨の歌に似て
遠く遠くの他人事に寄り添う憧れのようで
僕は微かなノイズに耳を澄ますことに集中する

この五月蝿い羽音のようなものこそ愛なんじゃないかな

いつのまに僕ももう相当老けた
いつまで「いつかは」と言うのだろう
いつまでも「いつかは」と言うのだろう

2018.06.09 Sat 6月8日

部屋に侵入する虫がとても多い水無月。さっき闖入した梅のような香りのするデカい亀虫みたいなやつは、雷に怯えて逃げてきたのかもしれない。申し訳ないけどまた雨の下に出て行ってもらった。達者で!
蜘蛛もよく闖入する。蜘蛛は居てもらっても構わんけど、あまりにも無遠慮におれの動線や生活範囲に居たりするもんだから邪魔になって結局お暇頂くことになる。この辺りは緑地も川も近いから、虫が多いのだな。

今日会社の自販機で七十円のコーヒーを買った。三十円のお釣りの一枚を取り損ねて落としてしまって、おれの十円が自販機の下に転がり込んだ。うお!と叫び声を上げて瞬時に腹ばいになった三十五歳がおれだ。自販機の下、硬貨を見つけた。手を伸ばして拾ったら百円玉だった。今日一嬉しかった瞬間です。落とした十円玉も回収し、ホクホクで席へ帰った。

昔の曲を掘り起こそうと、二、三日前からノートを繰っている。歌詞で埋められたノートが累計十五冊ある。今十六冊目。
アコギはもうしばらく関西に置きっ放しで手元にはクラシックギターしかない。不思議と逆に、ロックンロールの意識の色濃かった時代の曲をやりたくなってくる。
十二、三年前、自分は本当に天才だったようだ。冗談でも慰めでもなく本当に。
狙いすぎている。実験的すぎる。歌詞もアクが強すぎるし鼻につく。だけどメロディとリズムのアイデアと言葉がとめどなく溢れている。
ノートをめくりめくり悲しくなった。なぜそのまま我儘に進まなかったのだろう。考えても仕方のないことで、それが自分だったからである。勢いよく湧き出した泉がやがて緩やかな流れとなるのは普通のことなのかもしれない。それでももっと一つ一つの曲たちに収まるところを与えてやりたかったと今になって痛いほど思う。宝物だとわかっていた。だけど次から次に採れるその一つ一つを磨き上げることを十分にせずに、急かされるように僕はまた自分の中に手を突っ込んで次の宝物を探したのだった。そう考えれば、宝石の原石を無造作に散らかしたその真ん中に座り込んで、やがて大事にしていく曲たちを見つけてきたわけだから、当時の僕はそれを望んだのだと思う。だけど原石のまま捨て置いたものたちの価値を本当にわかっていたか。

持て余していた。当時手に負えなかった曲たち。もう忘れてしまったし、思い出しても今の自分ではリアリティがなくなってしまってもうできない。
だけど幾つかの曲をクラシックギターで今なぞっている。「カーブミラー」という曲や「naked」という曲、それにリフの綺麗な「catch a cold」という曲。その他にも沢山沢山、再会したい曲がある。
裏々で色々試してみようかなぁ、あの頃のおれも知っている村木さんにも聴いてもらいたい。


----------
翌日追記。
違うな、三十五歳のおれが名古屋で出会い直すための曲たちでもあったのかも。
過去をそのように変えてやろう

2018.06.04 Mon 6月4日

「香り箱の寿司」って、本物の蟹入ってるもんやと思ってたけどカニカマやったんやな。今日セブソイレブソでおにぎりと寿司100円セールやってたから、いつもは高嶺の花とスルーしていたそれを買ってみたけど、食べてみると思ってたのとだいぶ違った。
あとマヨネーズも入ってるねんな。そうか。勝手に針生姜が酢飯に混ぜ込んであったりするイメージ持ってたけど、そんなことはない至ってシンプルな酢飯生活。そうか。
いや、カニカマ大好きです。

5月4日に愛知に越したから、今日で1ヶ月だ。早くて長いいつもの1ヶ月だ。だけど僕にとっては特殊な1ヶ月やった。だんだんとこの特殊さは薄れてやがてなくなっていく。
落ち着いたら、古い歌をゆり起したり新しい歌を身にまとったりしたい。いや、もう落ち着いてる、僕は正気だ。

腹の底をこそばすような細い振動を伴って、新幹線が朝の東海道に滑り出た。

2018.06.01 Fri 6月1日

新幹線の車窓からどこと知らない田舎の町並みを眺め、ビールを飲みながらこの文を書いている。一文目だから文。もう既に文章になった。

愛知の家では安い赤ワインを飲んでいる。なんとなくだ。新幹線ではビール。家族のいる家では大体焼酎を飲んでいる。今年度最高に要らない情報ですね。

日々流されて生きてしまっているけれど、体感として流れをとらえる過程であると思いたい。そのうちに流れを掌握した僕は軽い脚さばきで流れに乗って走り出すのだ。

本をよく読んでいるのと、ギターの新しいアプローチを模索し始めたのと、あと絵を描きたいなと思っている。絵はほんとに趣味として。油絵描いてみたいんやけど、めっちゃお金かかりそうやねんな。だから素直に水彩画かな。

運動は全然できてない。。誰や毎日走りますとか言ったのは。これはもう、無理や。

最近また自分の日記を読み返した。2009年ぐらいまで遡ったけど、その前のはもう見れないんかな?もっと遡りたい。
裏々のオンベース、村木コートパイン雄一の日記や、小豆色楽団のオンドラムス、山崎クレヨン裕和の日記もあって楽しめた。山崎の日記今読んでも普通に笑ってもうた。
http://azukiirogakudan.blog35.fc2.com/blog-entry-5.html?sp

あの頃から地続きの今とはもはや到底思えないけど、いつも切実に生きてたことだけはわかった。ただ自分自身のことはカッコ悪いとしか思えなかったな。。。人の影響も見て取れた。
大人になった。良いのか悪いのか…だけどまだ十分にガキであるとも思う。そう思うと数字はあまりにも薄情だ。僕たちが数字の意味を超えるのは、たぶんもうすぐだ。

思いつくまま。乱文失礼しました。