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DIARY

2019.04.08 Mon 「星に似ている」PV撮影秘話

いよいよ一週間後、4/15に発売の新譜『after all』から一曲、『星に似ている』のPVが公開になりました!!

進藤宏希 - 星に似ている

せっかくのPVなんで、撮影時の思い出を語ります。

2月17日、阪急夙川駅前で彼と待ち合わせ☆にこやかに現れ閑静な住宅街に素敵な異物感を持ち込んだアフロ・長身の彼が今日の監督☆
安井淳その人だった。

僕の運転する車で我々は一路西へ。車の中で、当時ミックス最終段階だった安井さんの所属する僕の大好きなバンド「ニーユ」の音源を聴かせてもらう。興奮で鳥肌が立ちハンドルを持つ手は震え、感動に視界はぼやけた。終始危険なドライブとなった。

ロケ地は僕の大好きな淡路島にした。
元々はNHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」のラストシーンも撮影された「花さじき」で撮影しようと思っていたけれど、入念な下見の結果、ここではアカンということになった。
夕闇迫る島内を、宿泊地である「東浦サンパーク」なる合宿所へ向かって走る。どこで撮影したらええねん…言葉には出さずとも最早ハッキリと絶望した二人を乗せて、車は走った。撮影場所も内容も決まらず宿泊て、ほんまにただの旅行やん
そんな中我々が偶然に出会ったのが、今回の撮影地である。どんな場所かは、実際にPVを観て確認されたい。
天から降って来た僥倖で暁光であった。私は自らの普段の行いの良さを思わずにはいられなかった。

撮影内容がほぼ決まり、ルンルンで合宿所に宿泊☆晩御飯は近所の中華屋でテイクアウトした中華と、乾き物☆
温泉の露天風呂で安井さんと語り合った時間は、なんか人生において大事な一瞬やった。

翌朝、まだ暗いうちに合宿所を出発。ロケ地にて、暗いうちは準備がままならぬ、しかし日が昇っては時間切れという状況の中、酒の残った頭と体で必死で一発録りに挑む。
演技をしている余裕は皆無で、だから素の僕が映った。

合計3テイク。2テイク目でがっつり写り込んできたおばちゃん。撮影終わって帰りかけの時、写真撮らせてくださいっつって安井さんと僕を被写体にして写真撮ってったご満悦やったおばちゃん。めっちゃKYやったな。アクセントありがとうございました。
ラストチャンスの3テイク目で全力投球した記録が今回のPVです。

色々葛藤もしたけど、この作品をとても気に入ってる。
そして「星に似ている」だけじゃなく、大切な曲が16曲も入っている新アルバム「after all」を、一人でも多くの人に聴いてもらいたいな。
レコ発で、お待ちしてします。

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◾️4/15(月)扇町para-dice
para-dice10周年
進藤宏希レコ発ワンマン
『before after all』
19:30/20:00 ¥2000(+1drink)
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2019.03.25 Mon after all全曲語り(16) 月光讃歌

十六曲目は「月光讃歌」です。
この曲で最後。新アルバム「after all」全曲語り、始めた日が遠い昔のように思われます。十六日前やから、確かに半月以上は前なんですね。

さて月光讃歌。出来た日は2013年7月22日です。
語り過ぎたらいけないと思うのだけど、少しだけ。

私を見て、私を見てと、月は言わないだろう。むしろ岩と砂の塊である自分が、太陽の光を反射して美しく光り輝いていることなど知る由もない、想像すらしていないだろう。
月は己の光を知らないから美しいのだ。
謙虚になれ。多くを求めるな。他人ではなく自分に求めよ。

アピールばかりの現代社会に疲れた。
月の光を浴びたら素直になった。
わかってくれない人を責めるのはよそう。きりがないし甲斐がない。
わかって欲しがり過ぎるのはやめよう。底が知れる。
ただ一燈に頼んで真っ直ぐに歩もう。外側ばかりでは空虚だ。内側を豊かにしよう。

そういうことを思っていた。主に自分に。そして目に余った人に。
そういう気持ちがこぼれてしまったのがこの曲だと思う。もちろん、作ったときはそんなことをメッセージとして意識していたわけではない。ただメロディと共にこぼれ落ちる言葉を繋ぎとめただけだ。

当時、人ばかりにでなく、自然や精霊に捧げる歌をもっとたくさん歌いたいという気持ちになっていたことも、この曲の色調に影響を与えたと思う。
穏やかな曲調に反して、字にして詞を読むと意外なほど厳しい。
今の気分は当時とは違っているけれど、月がクッションになり今でも歌える。というか、月が支点になって振り子のように当時に戻るものがある。
思えば月とはそういう存在だ。立ち止まって仰ぎ見たとき、子どもの頃と今とで、月と僕の関係性は変わらない。

色々書いたけれど、聴いてみればわかるとおり、小さな歌です。小さな歌でアルバムを終えたかった。
通り一遍ではない多彩なテーマの曲を盛り込んだつもりのアルバムだけど、その中でもこの曲だけ、決定的に向いている方向が違うように聴こえるかもしれない。一人称の存在感が、アルバムの中で特異な感じがする。
だけど自分の中では繋がっている。繋がっている景色とモチーフがある。
このアルバムは僕のプロフィールみたいなものだ。月の夜にぽつんと座って歌っている。そんな姿が最後必要だったのだ。

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【月光讃歌】

求めるな ただ与えよ
そしてけして驕るな

磨くのだ 一心に無心に
己が心を磨くのだ

月を見ろ あれはたぶん
己が光を知らぬのだ

月を見ろ 月になれ
己が光は見えぬのだ

2019.03.24 Sun after all全曲(15) 雨がやんだら

十五曲目は「雨がやんだら」です。

出来た日は2015年の8月4日。
子どもが産まれて、それでもまだ大人になれない自分に苛立ち、息が詰まって、外の空気を吸いに出た夏の夕方。ドアを開けたら虹が待っていた。

大好きだった祖母は、亡くなる直前の夕方、空に大きな虹をつくった。
祖母は一言で言うと、「強い人」だった。戦後、満州から娘たちの手を引いて命懸けで帰国し、混乱の中を生き抜いた。
生前祖母は、いっとう可愛がっていた僕の妹にいつかこんなことを言った。
「強くならなきゃだめよ。強い者が勝つんだから、人生は」

強さって何だろう。僕にはずっとわからなかった。だけど本当の優しさは強さの先にしかないということは、なんとなくわかってきた。そして強さの始まりは弱さを認めることだと。

もう、逃げるわけにはいかないから。地に足つけてしっかり歩くから。
ばあちゃんに会いたいと、せめてどこかから見ていてほしい。
踏み出すことの悲しみが胸をとらえても、新しい自分から目を背けずに、ちゃんと歩くから。

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【雨がやんだら】

僕が歩くのは 茨の道でも高い山でもなくて
どちらかと言えばとても平坦な道だ

それでも時々 立ち止まる弱さ
悟ったふりをするな 汗に濡れた今を見ろ
宇宙に逃げるな

夢を持ち替える日々
夏の恋のように
楽しくなるほどすぐ 淋しさに変わる僕らの日々


頬に貼りつけたまま 街灯のオレンジ
忘れられた記憶を手探る世界のどこかで
あなたが生きてるような気がして

雨はやんだかい 虹は見えたかい
こちらはまだ遠い夕立の中

名前はつけてあげられないけど
一歩ずつ零れた涙も僕だった

2019.03.23 Sat after all全曲語り(14) 正しい生活

十四曲目は「正しい生活」です。

出来た日は2011年の12月31日。
この曲のことも、あんまり語りたくないな。気恥ずかしさとまだ隠しきれない心の痛みと、裏っ返したプライドが邪魔する。
「それで何が悪い」と啖呵を切ろうという姿も透けて見えて、大人げないな、と今は思ったりもする。

悔しくて、何も考えずに吐き出すように作った歌だ。だけど「僕は今日も歌ってる 食うためじゃなく生きるために」という歌詞はこれ以上なくシンプルに自分の生き方を言い表している。そしてそのことを歌った曲は、これがあるから他は作っておらず、なので今でも歌ってる。

なんとなく誰かに、何かに憚られて、大きな声では歌えない。だけど僕はこの歌をこっそり大事に歌い継いできた。だんだん輪郭がはっきりしてきて、リアルになってきた感覚がある。
たまに共感してくれる人がいて嬉しい。簡単な曲なので、どうせなら、出来れば、よければカバーしてくださいな。

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【正しい生活】

規則正しい生活がしたいと
彼女は言う

お祭りなんかは年に一、二回でいいのと
彼女は言う

僕は今日も 沈んでく太陽に おはようさん


音楽では飯を食っていけないと
あの人は言う

音楽では生計は立てられないと
僕も思う

僕は今日も歌ってる
食うためじゃなく生きるために

2019.03.22 Fri after all全曲語り(13) 普通の暮らし

十三曲目は「普通の暮らし」です。

出来た日は2013年4月13日。朝5時半頃、淡路島を中心に大きな地震があった。大阪梅田のマンションで、半年後に妻になる人と一緒に寝ていた僕は、大きな揺れで目を覚ました。
阪神大震災で暮らしが変わり、東日本大震災を目の当たりした、地震にめっぽう敏感な僕らだ。当たり前に続くわけじゃない生活や幸せのことを思った。
余震に警戒しながら、また眠りにつく。その夢の中ではっきりと、鼓膜に響くぐらい明瞭に歌が流れていた。途中から僕は目を開けていたように思う。そっとベッドを抜け出して、朝の光の中で夢から流れてきた歌を記録した。

「大阪城のジオラマを並べて 十個並べてそこに住まうんだ」
僕にだって意味はわからない。でもそのままにした。夢で聞こえた歌詞を一言一句、ほとんど全く変えていない。きっと自分で測れない意味があるんだろうと思って。
途中からは、わからない。夢の残り香の中で糸を手繰るように、祈りに似た気持ちで言葉を紡いだようにも思う。
普通の暮らしを送りたいのだ。愛する人と、生活を繋いでいきたいのだ。
僕はまたベッドに戻って、彼女にしがみついて目を瞑った。

僕らの暮らしを変えてしまうのは、もちろん地震だけではない。自分自身この歌が一番迫ってきたのは、父が心筋梗塞で死にかけたときだった(有難いことに回復した)
移ろいゆくものを目の当たりにしたときだけではなく、いつも今の特別さ、かけがえのなさを感じながら大事に生きていければいい。「普通」っていうその都合のいい概念は何よ、ということも含めて。

この曲にはいくつか思い出があって、ライブで初めて聴いてくれたpara-diceの安井さんが「なんか泣きそうになった」って言ってくれたこと、前のアルバム「旅立ちのうた」のレコ発のときに、ジャカランタンの瀧井さんがゲストボーカルでこの歌歌って、ハーモニカ吹いてくれたこと。幸せな曲です。
大事にしていく。

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【普通の暮らし】

大阪城のジオラマを並べて
十個並べて そこに住まうんだ

大阪城を手放した後は
あなたの部屋で 普通の暮らしを

普通のマンション 普通のバス停
普通の暮らし 普通の商店街

公園置いた 農園を作った
足りないものはあなたと相談するんだ

ひとつずつ編んでゆく
壊れない生活を
虚ろな朝の光 眩しい顔をしてる


僕等は瓦礫の下から芽吹いた
かわいい希望のようなつもりで

普通の暮らし ジオラマの街角
普通の愛の意味をあなたと紡ぐんだ

音を立てドアが開く
またとない生活を
哀しみは胸の奥 はぐらかしては向き合って

少しずつ伸びてゆく
影法師 手を繋ぐ
言葉もない朝の光
いつか見た景色のよう