DIARY

2017.03.23 Thu

今度の家は、たぶん百戸以上入った大きなマンションだ。少し高台にあって、僕の家は東側に大きく窓をとってあり見晴らしがものすごく良い。東向きにひらけた家に住むのは初めてである。
最近僕はいわゆる「朝活」を志している(まだ「習慣」とはいえない)。朝日がめいっぱい射し込む部屋で本を読んだり書き物をしたり、体操したりするのはなんとも素敵じゃないか。ということでその東向きの窓と眺望と、あと実は「定期借家」という期間限定の賃貸契約であることから、敷金礼金が安くあがることに惹かれて、その物件に決めた。
三日前バタバタと引越しを済ませ、まだダンボールハウスではあるが、早速朝活をと昨日一昨日と早起きを志した。結果は惨敗だ。初日は暗く寒い部屋の中で震えながら何もしない時間を過ごした。昨日は晴れていたのでまだよかったが、明るくならないと何もやる気が起こらないものですね。そういう意味では、日照時間の極端に短いアラスカの冬はたいへんに辛いものであろうなと遠い目をしてみる。太陽が上ったら上ったで、真横から陽射しの直撃を受け眩しくて暑い。日焼けしてしまう。
とまぁ前途は少し多難ではあるが、早いところ環境と生活を整えて、有意義な朝活ライフを築いていきたいと思っている。

今度の家はかなり高級かつ閑静な住宅街にあり、住んでいる皆さんもウチは昔からずっとここなんですといった上層ブルジョワジーのようで、どうも馴染めない感じが、実は既にしている。僕も水と文化の町・宝塚出身、育ちは決して悪くないと自負してはいるが、何の因果か割合いスラム街に縁深い人生を送ってきたため、閑静な場所では緊張してしまう。人がたくさん居るのにみんなめっちゃ静かに暮らしてるってどういうこと…?騒音問題、隣人トラブル、なんと恐ろしい言葉でしょう。それにきっとここはギターを担いでいるだけで無法者と見られる地域だ(考え過ぎか?)。膝の破れたジーンズなどはもってのほかだ。穴のあいたトレーナーもよれたTシャツもこの際処分しよう。ブティックで新しい洋服を買わなくちゃ…
自らの醸し出す異物感に早速窒息しそうになっている感がある。
順応性は、たぶん少しは持っているし、笑顔と挨拶で敵を作らずにやっていけるかもしれない。時間が経てばこの環境を気に入るかもしれない。だけど直感は八割当たっているものだと誰か言っていた。ここは自分にとって、心の底からの安心を得られる場所ではないという感覚は早くも確信の顔をしている。
少し前述したけれど今回の賃貸は「定期借家」という期間限定の契約で、二年後には僕ら家族は家を出なければならない。そのことはもちろん煩わしくもあり、だけど今はどちらかというと心の支えになっている。この家を出るまでの二年間は、大人しく朝日を浴びながら将来のことを思案し、準備に勤しもうと考える僕である。きっとそういう巡り合わせなのだ。四十からは、本当に自分がやるべき一生の仕事をしたいとかなり前から考えている(それがどんな仕事なのかは、まだわからない。探している途中だ)。そのために、三十五からはその準備をしたいと思っていた。二年後僕は三十五だ(正確には一年と二ヶ月後。歳をとった…)。今後長く暮らす土地も見つけたい。どこで、何をして、どんな暮らしを営んでいくか。それを考えたり、その準備を進めたり、そういうことを静かに行うべき期間なのだと考えるととてもしっくりくる。二年の定期借家を選んだのは、たまたま出会ったその条件が、そういった自分のライフプラン(そんなカッコイイものではないけれど)にカチッとはまったように思えたからだった。退路を断つようなつもりも兼ねて、エイとそこに決めた。

家でのギターや歌は、騒音問題・ご近所トラブルで家族に肩身の狭い思いをさせないために、今まで以上に気をつけないといけない。これは非常に辛いけれど、ある程度は仕方がない。二年間は我慢である。スタジオ探そ。
だけどこういうエリアに住むのも、経験としてはいいな、と書きながら思えてきた。また知らなかった己を知ることにもなる。期間限定なわけだし、最悪途中退場で立ち退くことになることも大して怖くはないので、めいっぱい楽しんで暮らしたい(そんなことにはならないと思うけど。でも立ち退くことが怖くないなら、一体僕は何に怯えているのだろうと考えると、どうもやっぱり人である。どうして僕は人を畏れるのだろう)。
引越しのその日、下の階の奥様からチョット怖いことを言われて僕らのテンションは緊急停止に追いやられた。だけどよくよく考えたら恐れることなんて何もないのだから、楽しんでみよう。下の奥様とも友達になろう。離れる頃になって、ここの暮らしも悪くなかったと、いつも思うものだから、きっとここも二年後にはこころよい場所になっていることと思う。
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2017.03.22 Wed

梅が咲き、沈丁花が咲き、木蓮が咲き、桜の蕾がふくらんだ。春はもうここまで来ていて、時折僕らの背中や腰に触れてはその到来をアピールするけれど、まだ目の前に回り込んではこない。いずれにしても長い冬が終わったようだ。花粉症でボロボロだけど、冬が終わるのはやっぱりとても嬉しい。
三月二十日に引越しをした。僕にとって人生で五度目の引越しだった。前のマンションは古くて、山も近いから、冬場は隙間風がとても辛く(神戸は風が強いと思う)、また暖かい時期は虫の侵入に家族はおののいていた。僕は虫はさほど気にならなかったが、寒さに弱いので隙間風は辛かった。それでも六甲山を望む眺望はたいへんに気持ちが良く、日当たりも良くて、僕らはそのマンションをとても気に入っていた。その古いマンションの脇にはケヤキの樹が三本立っていて、新緑の頃は緑のカーテンから零れる木漏れ日が部屋に模様をつくって、本当に綺麗だった。秋になるとケヤキは葉の色をなくして、寒くなるにつれ段々と葉を落としていく。落ち葉が舞うのを見るのも好きだったし、大家さんのお爺さんが一生懸命掃除をしているところに出会って、話をするのも好きだった。ご近所さんにも色々と助けて頂いて有難かった。下の階のお宅からはギターの音について言われたこともあったが、「音楽は好きだし、上手だから気にならない」と笑って許してくださった。下手になったらアカンねや、と変なプレッシャーにもなったりしたけど。
今回事情があって、悩んだけれどその家を出て、新しい場所へ移った。縁に運ばれていくのは、仕方のないことというか、それがきっと一番正しいというか、そうなるべくしてなっていると、今は思っている。一家族ぐらいの規模でいうなら、間違いなく全ては今につながっているのだ。かくして僕らは二年間住んだ古いマンションを後にした。

朝、出勤するときにマンションをいつも振り返って見た。窓から、家族が手を振ってくれることがあった。そんなとき僕は、たぶん今が人生で一番幸せなときなんやろうなと思っていた。とりあえず、その時期は終わった。新しい場所が、また次につながる場所であることを願っている。

2017.03.16 Thu 月を見ることについての雑記

月を見上げるのは僕に言わせれば当然のことで、例えば外を歩いているとき、目を閉じて行くわけにはいかないのだから、開いている目をどちらに向けるのかといえば、当然美しいものの方ではないか。月を美しいと感じることに対して、疑問を投げる人はあまり居ないであろうから、僕の言い分に同調してもらっても罰は当たらないと思うのだが、実際僕が月を見上げている傍を、人々は前を向いて過ぎ去って行く。彼らは僕ほどに暇ではなく、次があって忙しいのかもしれない。映画のレイトショーの時間が迫っているのかもしれないし、恋人を駅に二時間も待たせているのかもしれない。ひょっとしたら次の仕事場へ向かっているのかもしれないし、走らなければ愛妻の湯がいてくれたパスタが伸びてしまうのかもしれない。馬鹿にしてもらっては困る、僕だって僕なりにそこそこ忙しい身なのだ。仕事が終わったなら早く家に帰って幼い我が子の顔を拝みたいし、ギターの練習なども一分一秒でもしたい。腹も減っているし酒も飲みたい。と、大した用事もない僕ではあるが(早々に認める)、僕なりに気の急くことは毎日ある。気は急いても、僕の場合は月を見上げてしまう。歩く方向が月と反対であれば、ちらちらと振り返ってまで見る。女性が後ろを歩いているときは、不審がられるのでそうはいかないが。目当ての電車に間に合わせたいなどで、走っているときでも、自身の運転に注意を留めながらも空を見上げる。視界の中に揺れる月の輝きと空の色を瞬間焼きつけては走り、走りながらまた見上げる。
時々、自分が常に何かに急き立てられているように感じられ、息が苦しくなることがある。知らず知らず眉間に皺が寄っている、そんなときだ。そんな自分に気づいたときは、夜の道で立ち止まる。慣性の法則、立ち止まるのは意外にも難しい。またすぐに歩き出そうとする自分がいる。前に引っ張られるような引力の幻をやり過ごしながら、焦りのもやを落としていく。空を見上げて、ミクロな僕らのいじましくもいじらしい営みとは無関係に佇む月と自分とを、真っ直ぐな線で結ぶ。そこだけを切り取れば、子どもの頃から現在に至るまで、何百回も見てきた同じ景色である。過去の幾つかの場面を思い出し、自分が歩いて来た道と今いる場所を確認したような気分になる。空気を抜き終えたら、新しい空気を入れる。変わらず月が輝いてくれることを、有難く思うのだ。

誰かと月を見上げるのは特別なことだ。美しい景色を共に眺めても、彼と彼女の着目する部分は少しずれているのが常だと思う。夕焼け空を二人で眺めても、男が地平の辺りの真っ赤な色に感動している横で、女は濃紺の空に星の瞬きを見つけていたりする。月を見上げるときは、二人とも月を見ているのである。あの光る丸いものを今この瞬間共有している、という一体感は一種独特のものであり、静かに心を重ねた記憶として胸に刻まれてしまう。
同じものを見ているという意味では、月を眺めていると昔の人と繋がっているような感慨が湧いてくることもある。かぐや姫の昔から、人々が見上げて感傷にふけった月は、今も変わらぬ姿を現代の僕らに見せている。

亡くなった人は月へ行くという話を聞いたことがある。つい先日、妻の祖父が亡くなった。妻の祖父は月へ行っただろうか。
地平近くで赤く不気味に輝く月ではなく、空高く上った月の清浄な光が好きだ。首が痛くなるまで見上げるが、出来れば土の上に寝転がり、眠くなるまで眺め、月の光を浴びてそのまま眠ってみたいと思う。月は自分が、この冷たく醜い凸凹の岩の塊が、美しく輝いていることなんて知らないんだろうな。

2017.03.08 Wed アヒルの夜 最終話

森田がゆっくりとチャカの口を山口父に向け、引金に指をかけたそのときだった。
「お願いします」
ぐっすり眠っているように見えた山口父が口を開いたのであった。驚きのあまり森田は発砲しそうになった。が、なんとか踏み止まった。
「親父さん、あんた」
「やってください」
山口父は穏やかな声で続けた。
「わかってました。山田さん、あなたを初めて見たときから、あぁお迎えが来たんだって。私ね、待ってたんです。だから、これで終わりだから、ずっとやめていた酒も最後だから飲みました。美味かったなぁ。山田さんには感謝しなくちゃ。私は今とても良い気分なんです。だから山田さん、さぁ撃ってください。健には、お父さんは…」
じゅん、じゅわ。森田は急転直下突然の尿意の猛攻に襲われた。NYOUI、世界を震撼させるテロリストだ。山口父の穏やかな声で森田の緊張の糸が途切れた森田の膀胱は一瞬にして、昨夜の深酒と深夜の冷え込みに引き起こされた最大級のTSUNAMIの餌食となった。
「ぬぉぉ…!」
山口父の言葉を遮って森田は獣のような声を上げた。このままだと借りものの衣類はおろか、森田の股の下で寝ている山口父までビショビショにしてしまう。それはこれから死にゆく者に対する敬意をあまりにも欠くことだ。あと掛け布団が小便で汚れるということなども考えたくもない。
「すいません、ちょっとトイレ…!」
森田は飛沫を散らしながら駆けて行った。
「大丈夫かい、山田さん、あんたどこか悪いんじゃ…」
山口父の声を背中で聞き流し、森田は懐かしい山口家のトイレへ駆け込んだ。
トイレが近かったため幸い大惨事は免れたが、それでもトイレットペーパーを使って濡れた衣類に対する応急処置を施さなくてはならない。冷静に事に対処する森田の背後、トイレのドアの外側でバタバタと物音が聞こえた。誰かがトイレの前を通ったようだ。そして玄関から外へ出て行った。さらに夜道を駆けて行く足音が聞こえる。あっ逃げられた。
森田は慌ててトイレを出て、山口父を追って夜の町へ駆け出して行った。
「待てコラァーッ!」
森田の叫び声が町内に響き渡る。足音の遠のいて行った方向の見当をなんとなくつけて、要は半分当てずっぽうに、森田は走った、ナップサックを揺らして。夜空の色が少し変わった気がする。夜明けが近いのか。途中の角を右に曲がる。すると、50メートルぐらい先に人影が見えた。人影はこちらを見て、弾かれたように走り出した。暗くて顔は見えないが、山口父に違いない。山口父は右に曲がり、路地へと逃げ込んだ。急がねばまた見失う。
「待てぇー!待って、お父さん待って!」
森田は叫び、走った。吐きそう。だが止まるわけにはいかなかった。止まるわけにいかないんだっけ?わからなかったがとにかく走った。走ることで視界が揺れて、街灯の明かりがビヨンビヨン動いて、目眩もしてなんだか悪い夢みたいだった。山口父が逃げ込んだ路地に入ると、またもドン突きのT字路に山口父が見えた。山口父はまた右に曲がり、小走りで森田の視界から逃れた。八十のジジイがどんだけ走るねん…息も絶え絶えに、森田は山口父を追った。T字路に突き当たったとき、森田は肩で息をしながら不思議に思った。左に行けば大通りである。車の往来もある。なぜ山口父は右にばかり曲がるのか。小走りに走りながら森田は思い出していた。駅前の店へ飲みに行ったとき。あのときも山口父は右にしか曲がらなかったように思う。やけに店が遠く感じたのは、実際に遠回りだったのではないか。森田の頭の中で、ある結論が形づくられようとしていた。
次の角に差し掛かるところで森田の限界が来た。森田は街路樹の根元に思いっきり吐いた。つらい…
しばらく吐き続け、ようやく顔を上げて右を向いたら、そこには行き止まりの塀の前に佇む山口父がいた。山口父は、もはや逃げ場がないことを認めているようで、ある意味仏像的にこちらを見ていた。あれだけ走ったというのに、凍りつくような月灯りの下、息すら上がっていないように見えた。森田はヨタヨタと山口父に近づきながら言った。
「親父さん、あんたまさか左折を…」
「…断っています」
月に照らされた山口父は真っ白な顔で答えた。森田は立ち止まった。山口父まではあと五メートル程だ。
「やっぱり、そうでしたか…。それにその足。ブーツを履いているね。今思えば親父さん、あんたは出会ったときから今までずっとブーツだった。履きにくかっただろう、走りにくかっただろう。追いかける側からしたら、足音がよく聞こえて助かったけどね。親父さん、あんたひょっとしてスニーカーやサンダルも…」
「…はい。断っています」
森田はナップサックからチャカを取り出し、叫んだ。
「今、食べられるものはぁ!」
山口父の青白い顔が苦悶に歪んだ。そして答えた。
「ふ…フライドポテトぐらいしか…もう…」
「なぁぜだぁー!」
チャカを山口父へ向けて、森田は叫んだ。山口父が地面に膝を着いた。そして涙を零し、答えた。
「断ってしまったからです。刺身も、おでんも、唐揚げも、とん平焼きも、山芋とろろをフライパンで焼いたようなやつも、チャンジャも、釜飯も、もも貴族焼も!タレも!…そうです。三十年ほど前、私は妻を失いたくなかったがために、結局は自分可愛さで、息子の運命を大きく狂わせてしまいました。最愛の息子を実質失い、私自身にはこれ以上なくすものなどありませんでした。…それでも!それでも私は断ち続けました。私の願いは一つでした。息子の幸せがこれ以上奪われないように。それだけを祈りながら好物を月2ペースぐらいで断っていったのです…。そして、ついに私にはフライドポテトぐらいしか食べられるものはなくなった。遅かれ早かれ栄養不足で死ぬのです。妻の元へ旅立つ覚悟はできています。山田さん、息子には、父は意外にもロックな奴だったよとお伝えください」
シャカ然として語る山口父の一方、森田は今もハァハァと荒い呼吸のままであった。整わない呼吸のまま、森田は山口父に問うた。
「じゃあなんで逃げたんですか。お迎え待ってたんとちゃうかったんですか」
山口父は目を閉じ、黙った。
「答えてくださいよ!」
森田が追い込む。
「怖くなったねん…」
人間・山口父は極小の声で答えた。なんで変な関西弁やねん、とは敢えて考えず、森田は山口父に更に問いかけた。
「最後やからって、酒呑んだんはなんでなんですか。息子のために辞めてたんなら、自分が死ぬからって関係ないでしょ。そんなん、矛盾してるやん。ロックちゃうやん」
「呑みたくなったねん…ロックってなんなん」
森田は一度下ろしていたチャカを構え直した。
「ぶり大根頼んだのも、おんなじ理由かぁー!」
山口父の顔にまず驚きの表情が浮かんだ。続けて入れ替わりに、いやらしい人間臭い生々しい、照れ笑い的なやつが浮かんだ。森田の頭の中で何かが切れた。
「死ねぇーーーーっ!!」
森田が叫び、引金に力を入れかけた、その時だった。
「もうやめてぇーーっ!!」
何者かが叫びながら、袋小路の塀から飛び降りて来て、山口父と森田の間に割って入った。
「やるなら俺をやれーーっ!!」
稀代の唐突男、山口健その人だった。
「えっ何この茶番」
森田はとりあえずぶっ放したい衝動に駆られてそのまま空に向かってニ発発砲した。明け方の空に、気持ちの良い音が響いた。

山口氏は昨日の朝、森田の家を訪れ森田の不在を確認した後、どうしても事の成り行きが気になって、夕方で動物病院を閉めた。そこから夜通し、東京からバイクを飛ばしてここ山口県山口市まで来たらしい。そして夜明け前、地元に辿り着いたとき、たまたま路地を逃げる父と父を追う森田を目撃し、一部始終を隠れて見ていたのだと言う。
森田はそれについてはもう「へー」としか思わないことにした。バイクで来たんやー、と森田は思った。なんで新幹線ではなく?などとは考えない。バイクを飛ばすことに意味があることもあるのだ。
すっかり朝になり、彼ら三人は山口家の居間にある炬燵に入り、古くなった蜜柑を食べていた。山口父も山口も、蜜柑は断っていなかったようだ。いずれにせよ彼らは和解し、これからはお互い、好きなものを好きなだけ食べようと伝え合っている。
まずは手始めに寿司だ、と盛り上がっていて、それはそれでいいのだが、おれの報酬はどうなったのか。山口君に聞くと残念ながら九百万は渡せないが、代わりに寿司をご馳走するという。森田にはもはや怒る元気も、道理がいかないことを正すだけの人間力も残されていなかった。庭を猫が通り過ぎた。

昼前、開店直後の寿司屋に彼らは入店した。
「三十年ぶりだな、健」
「あのとき俺はガリしか食べられなかったけど、今日は違うよ」
あ、ここが例の寿司屋なんや、と森田は二人の会話を聞いて知った。
「さぁ頼め、健」
「うん…大将、マグロひとつ」
「こっちには、ブリを…!」
山口父が息子に続き注文する。あっという間に寿司が二人の前に並んだ。寿司を掴む二人の手は少し震えている。いやお父さんあなたブリ昨日食べましたやん!森田は一人で心中お茶を吹き出していた。二人は寿司を噛み締めた。そして、見つめ合い、涙した。
「…美味い…」
「今母さんがそこで笑った気がした」
森田は思った。何この茶番。

2017.03.06 Mon アヒルの夜 第三話

山口の家から帰った後、森田は熱い風呂に浸かった。山口の身の上話を聞いている途中から震えはおさまっていたが、体の芯に冷えた異物感のようなものが残っていた。それを溶かすつもりで、ゆっくりと熱い風呂に浸かった。風呂から出て、茹だった半裸の体をソファに任せる。力を抜いて、殺風景な部屋に視線を漂わせる。散らばった思考がゆっくりと沈殿して、ゼリーを泳ぐボールになるのが見える。
森田は窓辺に置いたチャカを手に取った。その時、窓の外にパトカーが見えた。心臓を口から吐き出しそうになった。と同時に、それほど驚いていながらも森田は迅速かつ驚愕のナチュラルアクションで窓からフレームアウトし、そしてカタツムリになったつもりで目だけ改めてフレームインさせてる感じで窓の外を見た(実際は顔の上半分がフレームインしている)
パトカーは森田の家のすぐ脇に停まっていた。森田の家の脇は、イコール山口の家の脇でもある。山口の家はまだ灯りが燈っていた。お巡りさんそっちです、その家です!心臓を喉に詰まらせ、口元を左手でおさえながら森田は念を飛ばした。口元をおさえながらも口は閉まらず「ぁぃぁぃぁぃ」と声が漏れる。チャカを握る右手は汗でえらいことになっている。暫くすると、パトカーはゆっくり走り出して見えなくなった。
気がつけば全身が脂汗で濡れていた。目眩がして胃にむかつきを覚えた。「ハーッ」というおっさんの、おっさんによる、おっさんのための溜息が全力で出た。
「ハハハ!」とりあえず笑い飛ばしてみたが顔が100%真顔のままであった。何だったのだろうか。心配いらない、本編には全く関係ない単なるパトロールにたまたま出くわしただけであろう。
「国家権力ください」
謎の言葉を口走り森田は、死んだ魚の目でチャカをリュックサック、いやナップサックにしまい、しっかり震えが戻ってしまった体でそのまま旅支度を始めた。早いところ仕事を済ませた方がよさそうだ。

翌朝、森田は新幹線に乗り込み、山口の生まれ故郷である山口県山口市へ向かった。
山口の故郷は、どこか懐かしい感じのする、長閑な、どこにでもある感じの、コクがあってそれでいてキレのある町だった。森田はぶらぶら歩きながら、地図を見て山口の父親が今も住む山口の生家へ向かった。
途中、赤子を乗せた自転車を漕ぐ母親とすれ違った。何が可笑しいのか、赤子は赤い顔でケラケラ笑っていた。
犬を散歩させる女の子ともすれ違った。犬はなぜか水から上がったときのように体をブルァーッと激しく震わせ、震わせ過ぎて脚をもっていかれてアホみたいなダンスを踊り、なんとか転ばずにすんだ。
みんないつか死ぬのに、赤子も犬も可愛かった。暖かい冬の昼下がりであった。
うっすら想像していた通り、山口家は豪邸だった。昔ながらの日本家屋から黒光りした歴史が感じられる。
「立派な家やなぁ」
森田は思わず一人ごちた。ぐるりを囲む塀の向こうにはそこそこの広さをもった庭があるようだった。庭の一角の塀に近い場所に、年季の入った柿の木が一本生えている。
場所がわかったので一旦引き上げる。昼に殺しは似合わない。夕暮れ時に出直すのだ。森田は回れ右してその場を後にした。
夕暮れまでは、まぁ観光でもするとしよう。と言っても山口に関する予備知識は森田にはない。いやこう書くと、まるであのお向かいの獣医師である山口氏に関する予備知識がないみたいだがそうではなく、山口県とか山口市に関する予備知識がないのだ。ややこしいのでこれからは山口君のことは山口氏、あるいは山口さんか山口君と書く。山口氏と書こうとして山口市に誤変換してそのままにするとか、またその逆のパターンとかが起こったときは許してほしい。高度情報化社会の荒波の中で日々鍛え上げられたその類稀な脳力で乗り越えてほしい。眉間に皺を寄せ、そんなことを思いながら気がつけば森田は駅前の昼からやっている居酒屋へ吸い込まれていた。

夕方、出来上がった親父が一人馴染みのないアウェーの町を歩いている。森田である。森田は自分の子ども時代のことを思い出したりしていた。町の感じとか夕暮れの感じとか、家々から漂う夕飯の香りとかの色々がそうさせたのであった。みんな元気か…
山口氏の生家に着いた。勢いのままにピンポンを押す。飲んだのは勢いをつけるためであった、という後づけの理由が頭上を飛び越したカラスから落ちてきて森田の頭にふわりと着地した。少ししてピンポンから「はい」と返事があった。男の声である。
「私山口さんの友人の、山田と申しますが、山口さん、山口健さんはいらっしゃいますか?」
偽名を使うのは当然のことで、むしろマナーである。ピンポンから若干困惑ぎみの声が答えた。
「少々お待ちください」
玄関から男が出てきた。くたびれたセーターにくたびれたズボンといういでたちだが、どことなく品が残っている。顔も松方弘樹風の男前で、年はいっているのだろうが健康そうに見える。この男が山口氏の父親であろう。一見悪人っぽくは見えない。山口君にはあまり似ていない。彼は母親似なのかな?山口父は怪訝そうに、森田の立つ門の方へ歩いてきた。
「どうもすみません。私山口さんの、健さんの古くからの友人で、山田といいます。健さんはいらっしゃらないですかね」
森田は改めて山口父に言った。山口父が答えた。
「健がいつもお世話になっております。いや、健は来てないです。東京の方で、獣医をやってまして、そっちにいると思いますけどね」
「あ、東京で獣医されてるのはもちろん知ってます。私、仕事で少し関わってますから…」
じゅん。森田は急転直下突然の尿意のビッグウェーブに襲われた。不意打ちを受け流すことができず、森田のパンツが瞬時にしてヤクルト半本分ぐらい濡れた。
「うっ!」
森田は内股で姿勢を落とした。
「どうされました、大丈夫ですか」
苦しそうに森田が言った。
「お父さんすみません、お手洗いお借りできないですかね」
その瞬間、森田の堤防に大きなヒビが入った。堤防を越えて荒れ狂う波濤が周囲を猛烈に濡らし始めた。被害は一瞬にして甚大なものとなった。
「ぬぉぉ…」
森田は膝から崩れ落ちた。酒飲んで底冷える町を歩いて、立ち止まってたら急にこんなことになってしまうことが、あるのだ。人生、どこに落とし穴があるかわかりはしない。

十分後、山口父にパンツとモモヒキとズボンを貸りた森田は、山口家の居間で山口父に淹れてもらった茶を飲んでいた。
「本当にすみませんでした。お恥ずかしい」
森田はもう完全に帰りたい気持ちに駆られていた。だけれども帰ればお向かいには恐ろしい息子の山口。汚れたパンツとズボンは今山口家の洗濯機で回っているし、目の前の親父の山口に借りたパンツとモモヒキとズボンを、くれとも言い出しにくい。
「どうするかなぁ!」
悲嘆に暮れた森田が思いきり声に出してしまった心の声をスルーして山口父が森田に言った。
「健とは、もう長い付き合いでいらっしゃるんですか、山田さん」
森田は答えた。
「そうですな…元はといえば師匠と弟子の関係だったんですが、今や彼とは歳の離れた飲み友達みたいなものでして、しょっちゅう顔を合わせては最近の獣医学界についての愚痴を言い合いながら飲んでいますよ」
「あぁ、山田さんも獣医さんでいらっしゃるんだ」
嘘である。罪のない嘘だ。森田は筋金入りの無職である。行きしの新幹線の中でみっちり考えてきた設定はパーペキである。森田はさらに答える。
「ええ獣医です、それも珍獣限定のね。二年前、長年の活動が認められてアニマルノーベル賞を貰いました」
「へぇ!それは、すごいことなんでしょうね。私、息子が獣医やってるくせになんですが、そっちの世界にはてんでうといもんだから、そんな賞があるとは存じ上げなくて。お恥ずかしいです」
山口父は、息子の師匠に対し失礼があってはいけないと気を遣ってか、割としっかりと食いついてくれている感じがする。
「いえいえ、私はTVとかにもあまり出ないようにしてましたし。あ、天才!志村どうぶつ園には出たな」
嘘八千万ではあるが、ドライブがかかりかけている感はある。帰りたい気持ちはまだ背中にひしとしがみついているが、このまま頑張って山口父とすっかりうち解ければ、安心しきったところをズドン!とミッションを完遂できるかもしれない。森田に名案が浮かんだ。
「私志村どうぶつ園、たまに見ますよ。あれに出られたんですね。いや、すごいですな」
「ありがとうございます。色々と面白い話もありますよ。そうだお父さん、不躾な話ですが、よかったら酒でも飲みませんか。私今日は予定もないから、ゆっくりできますので。晩ご飯、もうお済ませですか?」
「いや、晩はまだですが…」
「なら、是非ご一緒しましょう。駅前にいい店があるんです」
半ば強引に、森田は山口父を連れ出した。外はもうすっかり暗くなっていた。西の空に金星が輝いている。時刻は六時半。寒いが、春の気配をどことなく感じさせる宵の口だ。山口父が、駅に行くならこっちだと、森田を制し前を歩いた。当然、森田は土地勘に優れる山口父に前を譲ったが、店に着くまでの時間を考えると、なんだかえらく遠回りをした感じがした。駅前の辺りでは、ここで曲がればもう店に着くという角を通り越したのに、特にコンビニ等に寄るわけでもなく、かと思えば急に小道に入り込んだりする。ボケているのかな、と少し思ったが、足取りはしっかりとしていたし、迷うことはなく店に着いたので、ボケているわけではないようだった。

「熱燗ください」
森田が店員に言った。さっきまで居たよねあなた、とめっちゃ思った店員は、でもそのことは口には出さず後でSNSで呟こうと思いながら「お猪口は何個お持ちしましょう?」と返した。
「お父さんどうされます?熱燗でよろしいですか?生?」
森田は山口父に聞いた。
「いや、私はお茶で…」
山口父がもごもごと言う。
「あれ、お父さんお酒は飲まれないんですか?どこかお体がお悪いとか?」
「いや、飲めないわけではないんですけどね。もう何年もやめてまして…」
そんなこと言われても、飲んでもらわなきゃ困る。酔ってもらいたいんですよお父さん、酔ってコロッと寝てもらいたいんです。森田は食い下がった。
「いいじゃないですか、たまには!久しぶりに、ねっ、息子さんの話でもしながら」
「でも…」
「まぁまぁ、お父さん!このとおり!お兄さん、お猪口二つね」
森田が押し通した。
「お酒、飲んでらっしゃった頃は何を飲まれてたんですか?」
森田はどことなく固まったムードをほぐそうと山口父に問いかけたが、山口父は難しい顔で黙っていた。やがて、燗酒が運ばれてきた。森田が二つの猪口に酒を注ぐ。
「さっ、とりあえずやりましょう。乾杯」
森田は自分の猪口に口をつけながら、横目で山口父を見ていた。膝の上に手を置いたまま暫しカウンターに置かれた猪口を見つめていた山口父が、おもむろに猪口を手に取り、あおった。目を閉じ、久々の酒を味わっているようだ。
「美味い」
目を閉じたまま、山口父は言った。なんかちょっと異様やな、森田はそう思いながら山口父の猪口に酒を注いだ。
「美味いですね。山口の地酒ですねこれ」
森田も負けじとあおる。酔わんと正直しんどい。書いてませんでしたが森田ずっとナップサック背負ってます。もうなんやったらチャカの形浮き出てる。時々背中にあるもの思い出して震えがくる。うっかり背もたれにもたれて背中でチャカカーンを感じた時ほんまにびっくりする。誤って背中で発射したら大変。安全装置やってもらったけど、森田まだ心配。よって森田には酒が必要。
二合の徳利はあっという間に空いた。しかし飲んだのは七割がた山口父であった。
「美味い!もう死んでもいいなぁ」
久々の酒で少し心地が緩んだのか、山口父は明るく言ったが、「死んでもいい」という言葉に森田はドキッした。そして、山口父が最近妻を亡くしたことを思い出した。
「遅くなりましたが、この度はご愁傷様でした」
森田が言うと、山口父は少し驚いた様子だった。
「知ってらっしゃったんですか。気を遣わせてしまって、すみません」
山口父はそう言い、また猪口をあおった。肴は意外にもフライドポテトである。山口父は森田が頼んだ刺身には全く手をつけず、フライドポテトで呑んでいる。フライドポテトばかり、二皿目なのだからよっぽど好きなのだろう。
「姉さん女房でねぇ。私より十も上でしたから。八十八で逝きました。先月、えらく冷え込んだ晩でしてね」
突然だが森田は実は泣き上戸である。山口父から与えられた妻に関する情報量はごくわずかなであったが、森田の想像力と涙腺を刺激するには充分であった。森田の双眸からは涙が滝のように流れていた。それを見た山口父の目からも涙があふれた。
「山田さん、あんたって天使みたいな人だね」
そう言って山口父は男泣き状態に突入した。もはや森田は「山田って誰」と思いながらもう泣き過ぎてヒックヒック言い出していた。
「天使…ヒクッ、じゃヒクッ、ない…」
森田は目をこすりながら言った。急にジジイとおっさんが本域で泣き出す展開に周りの客は衝撃を覚えながら後でSNSで呟くことを胸に誓いつつ、しらこい顔で呑んだり騒いだりしていた。
「もう…ヒクッ、イヤ…ヒクッ、や…」
森田はなんか最近のストレスとかも相まって、しかももう今日六、七合は呑んだし、なんかもうおかしくなってめっちゃ泣きながらカウンターに突っ伏した。急速に遠のいていく意識の中、山口父が店員に「ぶり大根」と言っているのを聞いたような気がした。

冷たい夜風みたいなものを頬に感じた。誰かに背負われている。また意識が飛ぶ。街灯の明かりに目が眩む。右に曲がる。頭が痛い。吐き気がする。また右に曲がる。森田はまた気を失った。
目を覚ましたとき、見知らぬ部屋で森田は寝ていた。しっかり布団がかけられている。頭が割れるように痛い。天井が近づき、また遠のくのを百回ぐらい見て、体勢を変えた。水が飲みたい。森田は部屋の中を見回した。目線を動かすと吐きそうだ。なんとなく、そこが山口氏、あの山口健がかつて使っていた部屋であるということが森田にはわかった。
水を飲みに、台所へ向かった。窓から外を見ると、月の光に照らされ、寝静まった夜の町があった。どうやら真夜中に目が覚めたようだ。森田が寝ていた部屋の隣の部屋から、いびきが聞こえた。山口父がこの部屋で寝ているに違いない。森田は居酒屋での記憶を呼び起こそうと努めた。あろうことか山口父よりも先に酔い潰れて寝落ちしてしまったらしいことは思い出せる。誰かにおぶさって夜道を移動したような気がするが、もしや八十に近い山口父に背負われていたのだろうか。店で勘定した記憶もないから、金まで出させてしまったのだろう。頭を山口父の眠る部屋に向けて垂れながら、「恩に着ます」と森田は胸の内で呟いた。
そして台所で水を飲み森田は気づくのだった。恩に着てる場合じゃなかった。殺らなきゃ!そのとき、森田は自分がナップサックを背負っていないことに気がついた。脳髄が揺れるような特大の心臓の鼓動とともに、視界が青い閃光に包まれたような感覚に陥った。瞬時にして肌が泡立つ。マズ過ぎる。寝ていた部屋に慌てて引き返したが、部屋のどこを探してもナップサックは見当たらない。
山口父が奪ったのだろうか。それとも夜道に落としたか。居酒屋に忘れていたら最悪だ。落ち着け森田茂。森田は深呼吸した。そして焦りと極度の緊張から込み上げてきた涙を堪えて立ち上がり、山口父の眠る部屋へ向かった。
静かな夜である。周りの家々からも物音ひとつ聞こえない。山口父の部屋も静まりかえっている。先ほど聞こえたいびきがいつの間にか消えていたが、代わりに穏やかな寝息がかすかに聞こえる。不用心にも雨戸を開け放したままの縁側から月の光が眩しいほどに差している。月光を背に受けながら、森田は音を立てないようにゆっくりと襖を開けた。
月灯りが開けた襖から部屋の内側まで伸びる。目を慣らすまでもなく、部屋の真ん中の布団の上で眠る山口父が見えた。
森田は心のどこかで、もうこのままチャカが消えてなくなればいいと思っていた。帰って山口に申し開きをした上で、しかし頑張ったのだから金はくれと頼むのだ。一千万とは言わない。八百万ぐらいでいい。その金を半分ぐらいになるまで遊んで使い、残り半分になったら何か仕事をしよう。ちゃんとした仕事を。もう五十六だけど嫁も探そう。ーとびっきり若くて美しい女をー
だがチャカは見つかった。山口父の布団の脇、森田から見て手前側にナップサックが置いてあった。薄い生地の下の銃身の輪郭が、月光に照らされ立体的に浮き上がっている。森田は忍び足で部屋に入り、ナップサックへと向かった。汗をかいているのは何故だろうか。一歩。心臓が高鳴り続けて多分そろそろ限界だ。一歩。終わったら温泉に浸かりたい。一歩。持ち慣れた重さのナップサックを左手で拾い上げ、巾着の口から右手を滑り込ませる。山口父が起きる気配はない。森田は山口父を跨ぎ、彼の上で仁王立ちになった。ナップサックの中で安全装置を外す。抜き身のチャカが死神・森田の呪われた腕にいざなわれ、恐怖のナップサックからその漆黒の姿を現した。
「親父さん」
チャカをゆっくりと真下の山口父に向け、最高級にドスを利かせた声で森田は言った。
「死んでもらいます」

続く