DIARY

2018.07.06 Fri 8/31梅田ハードレインライブキャンセルのお知らせ

8/31(金)の梅田ハードレインでのライブですが、事情により出演をキャンセルさせて頂きます。大変申し訳ないですし、無念です。
今後の梅田ハードレインならびに関西でのライブについては、鋭意調整中です。決まり次第お知らせさせて頂きます。


進藤宏希
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2018.06.29 Fri 2018年夏のライブ予定

ライブ予定です。

次のライブは、実に二ヶ月ぶりのライブ。こんなに空いたのは、子どもが産まれて4〜5ヶ月ぐらい休業したとき以来やな。
腕も勘も鈍っているはずだから、リハビリしないといけない。それは辛いけれど楽しい作業。元の自分に戻るのではなく、少し横道に逸れてみたい。これが今の僕だ、と言えるようなものになりたい。

次のライブは名古屋。7月末と8月末にやるけど、そのどっちもステキな音楽の先輩で友達のマサ・タケダさんに繋げてもらった。感謝です。


<以下、ライブ予定>

◼︎7/28(土)名古屋 夜空と月のピアス
18:00/18:30 ¥1800円(+1drink)
小川倫子(大阪)/マツシタマサヒロ/進藤宏希/野々山聖/429(三重)

◼︎8/25(土)名古屋 御器所なんや
18:00/19:30 ¥2000(要オーダー)
テッペー/マサ・タケダ/進藤宏希

◼︎8/31(金)大阪 梅田ハードレイン
詳細カミングスーン

<ここまで>


御器所の「なんや」は昔、橋本進くんに呼んでもらって出たことがある。そのときは紙コップスの各務さん、鍵盤弾きのいとまくん、北海道からエマローズさんと素晴らしい日だった。
思えばたぶんそれ以来の名古屋でのライブだ。

ちなみに7/28、浪花の日は村木コートパイン雄一の誕生日だ。
そういうわけでよろしくお願いします。

2018.06.25 Mon 胸と背中

じっさい今僕の暮らしは望まない形で家族と離れたところにその時間的な大半を置いてしまっているのだが、そのことが決まった時あるいは決まりかけていた時(つまり会社から転勤の話があって、赴任のスタイルとして当面は家族帯同ではなく僕の単身赴任と決めかけていた時)、当然のことながら僕は今回の変化を、望まないながらもポジティブに捉えよう、何か代え難い価値がそこに隠れているはずだ、そういうマインドを必死で作ろうとしていた。
その姿勢はもちろん間違っていないし、今も諦めてはいない。だけど。
この1.5ヶ月(もう1.5ヶ月経ったのか)で得たもののことを考える。僕は「家族と一緒にいること」こそが今の僕にとっての第一義だということを知った。言い換えるならば、単身赴任の選択をした自分がある意味で間違っていたと知った(全面的に間違っていたとは思わないけれど)。
三歳になった息子のことを考える。彼は父親のことが大好きだから、父親と離れて暮らすことがとても寂しい。もちろん母親のことも大好きだし(本当はたぶん父よりも何倍も母が好き)、本当に幸いにも保育園の先生や友達にも恵まれているので、概ね申し分なく幸せだ。
だけど彼は父親と離れて暮らすことで別れを知ったし(もちろん再会を約束された別れではあるが、独力で再会を実現できない子どもにとっては、ある意味でそれは本当に別れだ)、たぶん無力感のようなもの、自分がどれだけ望んでもけっして思いどおりにはならない事柄があるのだということも知ったはずだ。
それらはとても大事な人生の勉強であると思うし、今回の変化によってもたらされたギフトといえるかもしれない。だけど二歳や三歳でそんな諦観めいたものを知る必要があっただろうか。そんなふうに思う。

僕は今、息子のため(=自分のため)に何ができるかと思い悩む。
地震の恐怖は息子から数日間笑顔と言葉を奪ってしまった。側に居てやれなかったこと。
昔、家族のために身を粉にして働く人達を見て、誰もが人に幸せを押しつけるのではなく自分のために生きるべきだと強く思った。背中を見せること以上にできることなんてないはずだと。
その気持ちは変わっていない。でも今僕はそれと同時に、夏に向かう新緑のような確かさで、家族のために生きたいと思っている。息子が見る僕の背中は仕事に向かうカッターシャツだったり、ギターケースを背負っていたりするだろう。だけど胸のうちではほとんどいつも、家族のことを思っている。白状すると、それこそ本当に十代の頃の恋愛のように。

2018.06.19 Tue 6月19日

安いメロン。一人暮らしなので半分に割ったやつがいい。そういうのが250円ぐらいで売っていたなら買うのだ。それを冷やして、風呂上がりにスプーンで食べる。初夏の夜なのだ。
そんな僕も新幹線の中で遭った今回の地震にある程度参っていて、今日乗り込んだ在来線の電車がそこそこ大きく揺れたとき、もちろんそれは通常の運転に伴うレベルの揺れなのだけど、昨日のことを体と脳が勝手に思い出してうっすらとパニックを起こしそうになってしまった。暫くは、おっかなびっくり電車に乗ることになるのかもしれない。あの2005年の福知山線脱線事故に遭った人がその後電車に乗れなくなったという話が、今は実感を持って少しわかる。

6月18日、朝7時50分新大阪発の東京行きの新幹線のぞみに乗り込んだ僕は、早々に眠りにつこうとしていた。少し寝不足だったのだ。眠りにつきかけた時、激しい揺れを感じて目を覚ました。
車内灯は消えていた。車体は高速で走りながら縦、横と激しく揺れ、徐々に浮かび上がるような感覚があった。サイレンのような音があちこちから聞こえる。脱線するのか?自然と声にならない声が口から漏れ出た。
何が起こっているのだろう?はじめ、ここ数日の新幹線の事件や事故のことが頭をよぎった。客室内での殺人事件、人身事故、パンタグラフと鳥との接触事故。だけどこれは、そのどれとも違うようだ。サイレンの音声がようやく脳に届いて、聞き取ることができた。「地震が来ます」。僕の胸ポケットのスマートフォンも、同じメッセージをけたたましく発しながら振動しているようだ。
「地震なんだ!」「停まってくれ」「死ぬかもしれない」「家族は無事だろうか」これらの考えが瞬間的に頭の中で逆さまのドミノのように立ち上がった。
僕の人生でも指折り、死に近い時間だったかもしれない。永い数秒の後新幹線は停止した。停止した時には既に地震は収まっていたようだった。
新大阪と京都の間、震源にほど近い場所で僕の乗った新幹線は地震に巻き込まれた。それから約三時間半、新幹線は動かなかった。停まった場所がちょうどカーブの途中だったから、車体は体感として10°ぐらい左に傾いていた。はじめ疑った、脱線か何かによる傾きではなかったのは良かったものの、何時間も傾いたままというのはなかなか疲れるものだった。
停まっている間、家族と連絡を取ったり、会社に連絡を入れたりした。幸い僕の周りで大きな怪我をしたりした人はいなかった。

やがて新幹線は動き、のろのろと京都駅まで走り、そこでまた数時間停まった。予定より5〜6時間遅れて名古屋に着いたときはヘトヘトだったし腹ペコだった。会社はもうとうに休むことにしていたし、とにかく何か腹一杯食おう、と思って名古屋駅の改札を出たら、改札制限のためか人だかりができていて、今回の地震とは関係ないと思うけど初老の男性が倒れていた。いきなり目の前で人が倒れているのでまたびっくりして、周りの人と「大丈夫ですか」と声をかけたり駅員やたまたま近くにいた警官を呼んだりした。そんな騒ぎで倒れた方の容体も気にかかるし、食欲も失せてしまった。

散々な一日だな、家に帰り着き、少しギターを弾くと急激に眠くなり少し眠った。地震で亡くなった女の子のことを思うと本当に辛い。起きても何もやる気が起こらなかったし、家族のことも心配で気分は落ち込んだけれど、徐々に、明らかに新しいことを考え始めている自分がいる。

僕の人生には幾つかの地震と電車の事故の痕跡が残っている。阪神大震災の強烈な体験と、一本前の電車に飛び乗っていた2005年の福知山線脱線事故。
今回はついに地震と電車がセットでやって来た。事故にはならなかったけど。いやほんまに、被災したみんな大変やけど、鉄道会社の方々も本当に苦労されたと思うし頭上がらへん。

まだ整理できてないけれど、新しいことを考え始めてる。歌手活動とはあまり関係ないことやけど、一人の人間として。

コロンビア戦勝ったニッポン。サッカーの試合ちゃんと観たんほんま久しぶり。初夏の夜。

2018.06.15 Fri

青い無花果の匂い
未来のために生きているわけではないから
時の速さを呪っても 何もならないのだけど
快速列車に置いていかれながら
また一つ 歳を重ねた

文学も音楽も絵画もこの手には有り余るから
手の届く星として愛している

君への気持ちはいつも 晴れた日に歌う雨の歌に似て
遠く遠くの他人事に寄り添う憧れのようで
僕は微かなノイズに耳を澄ますことに集中する

この五月蝿い羽音のようなものこそ愛なんじゃないかな

いつのまに僕ももう相当老けた
いつまで「いつかは」と言うのだろう
いつまでも「いつかは」と言うのだろう